ウィーンと滑らかに開口された自動ドアに吸い込まれ、正面のカウンターに向かった。ここでカラオケの一通りの説明を受けて、リモコンをもらい、あてがわれた部屋に入る運び。

受付してからくるりと振り向いたわたしの目に飛び込んできたのはショーケースタイプの大型冷蔵庫。「おや?」と近寄ってみると、わわわ、国内国外問わず世界各国のクラフトビールの瓶がずららららーっと勢ぞろいしているではないか。それも見たことないラベルばかりでとりわけ大好きなIPA(インディアンペールエール)のラインナップがたくさん。これはもうカラオケなんかしている場合じゃない!とショーケースの前にひとりしゃがんで見入ってしまった。他のみんなはとっくに部屋に行ってしまったけれどノープロブレム。

「どうして、こんなところにこんなマニアックな?」。素朴な疑問がむくむくと湧き上がる。例えば東京とか大阪とか神戸とか福岡とかの大都会ならわかる。でもここは那須高原とはいえメインの観光地からはけっこう外れた住宅街であって、何を隠そうわたしの小中の通学路だったわけで。当時の記憶から、確かこの辺りには田んぼや竹林、レンズ工場、豆腐屋さん、古民家、空き地とかしかなかった。「よくおたまじゃくしの卵獲ったなぁ」とか「たらの芽や野いちごを摘んだなぁ」とか、そんな長閑な思い出に浸っていいたそのとき、背中にふわっと人の気配が。「何かお探しですか?」という声に振り向くと、そこには長髪のエプロンをつけたお兄さんがにこにこしながら立っていた。「あ、いえ、あの、なんでこんなにクラフトビールが揃ってるのかなと思って」と率直に打ち明けると、「ああそれは、僕の趣味なんです」と、ちょっとだけ誇らしい笑顔で言った。それからお兄さんの熱の入ったおすすめトークが始まり、結果わたしは「DE MOLEN ダッハ&ダウ ベルガモットIPA」を飲んでみることにした。なにせラベルが秀逸。それにベルガモットですよ、あのアールグレイでお馴染みの

わたしは、カラオケボックスなんてどこもチェーンでコンビニみたいにどの店舗も同じだと勝手に思い込んでいた。でも、中にはこんなふうに、おおらかに個人の趣味が反映されるような自由な店舗もあるんだなぁ。カラオケもなかなか捨てたもんじゃないなぁ。お兄さんが仮にここの息子だったとしても、その息子のやりたいことを「カラオケボックス」という場所でやらせてあげる親御さんがまた素敵だなぁ。

このように、カラオケボックスに対する偏見めいたものが払拭されていく。その心境の変化は晴れ晴れしくもあり、それも7年振りに帰郷した実家の近所での出来事だっただけに「来るべきして来たのだ」などと、たかがビールされどビールであった。

IPAを片手に感無量で部屋に行き、父の懐メロが響くなか事の経緯を妹に話すと、「カラオケに来た甲斐あったね」といった励ましを受けた。姪っ子が歌う西野カナをBGMにIPAを飲み、わたしも「異邦人」を歌ったりと、気がつけばすごくたのしい夜を過ごしてしまった。

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那須、黒磯にあるcafe shoesのイベント『shozo moon』にて。こちらへの参加が今回の帰郷の目的のひとつでもありました

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