「今、日本人の食事は、あまりにも複雑になっている」と語るのは、料理研究家の土井善晴さん。新著『くらしのための料理学』(NHK出版)から、料理がつらい人の心を軽くする言葉の数々をご紹介します。

「ちゃんとしよう」とするほど料理がつらくなる

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『くらしのための料理学』より(イラスト:鈴木千佳子)

家庭料理の学校を営む父(土井勝さん)の影響で料理人を志し、フランス料理と懐石料理の修業を経て、現在はさまざまなメディアで家庭料理の真髄を伝えている土井さん。1978年にスイスの5つ星ホテルの厨房に入ってから約40年、日本の料理をめぐる状況は大きく変わったと述べています。

戦後の日本では、急激な経済成長にともない伝統が否定され、古くから伝わる「ケ(日常)」と「ハレ(非日常)」のけじめも失われました。その結果、私たちは家で作るふつうの料理にも、和洋中のバリエーションや、外食のようなわかりやすい「おいしさ」を求めるようになったのです。

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『くらしのための料理学』より(イラスト:鈴木千佳子)

お料理で「おいしい」が優先されるようになったのは、それほど昔のことではありません。「おいしい」が強調され、目的になったのは近年のことだと思います。だから、料理はたいへんだと思われるようになったのです。現代では、忙しくて余裕もないのに、料理をする人は「おいしい」という「結果」を求められているのです。結果を先に求める料理は苦しいものです。

(『くらしのための料理学』12ページより引用)

ハレの料理が日常になったことで、家庭料理のハードルがどんどん上がる……というこの現状。「ちゃんとしよう(ちゃんと生きよう)」と思う人ほど料理をするのがつらくなると、土井さんは語ります。

基本は「汁飯香」でプレッシャーから解放される

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『くらしのための料理学』より(イラスト:鈴木千佳子)

「和食の基本は一汁三菜」という固定観念も、「ふつうの家庭料理」を作りにくくしていると土井さん。

そもそも「一汁三菜」は、西洋の栄養学からきた考え方。敗戦後、体格が優れない日本人の栄養改善のために推奨されたものだったと指摘します。

本来の和食では、ご飯を中心にした「一汁一菜」を基本にして、今あるものを、おかずとして1つ添えることを基本としていました。その上で週1~2回、余裕がある時に魚などのおかずをつけるのです。(中略)健康を目的として、日本人の栄養を考えるのであれば、季節の食材を優先して献立を立てることです。その上で、栄養バランスを考えて、一汁一菜に不足するタンパク質や脂肪を補うことを指導すればいいでしょう。

(『くらしのための料理学』46~47ページより引用)

現代のように男性も女性も仕事中心の暮らしでは、「一汁三菜を作るのは無理と言ってもいい」と土井さん。

くらしのベースは、具だくさんの味噌汁とご飯と漬物、いわゆる「汁飯香」で充分。これ以外は作らないと決めることで、作る人は「なにを作ろうか」というプレッシャーから解放され、安心する食事を淡々と作りやすくなるといいます。

作る人への協力、理解も大切

そしてもうひとつ、食事を円満にするために欠かせないと土井さんが綴るのが、「食べる人が作る人に心を重ねる」ことです。

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『くらしのための料理学』より(イラスト:鈴木千佳子)

食べる人は、季節の移ろいにある変化と、人の気持ちによる変化を、見つけて、気づき、気づいた喜びをことほぎ(言葉にして)心を重ねます。(中略)食べる人が作る人に心を重ねる方法はいくつもあります。ちょっと台所に立って手伝って一緒に作る。食事に集中して食べる。きちんと食べる。おいしく食べる。ご機嫌で食べる。または食事をぞんざいにしない。そうすることで、料理を作る人に心を重ねることができます。

(『くらしのための料理学』100~101ページより引用)

今、日本では、料理を作る人と食べる人が分断されがちだと土井さん。食べる人の協力、理解がなければ、料理を作る人は孤独になり、自分の存在が否定されたように思えてくる──。「食べる人」の立場に慣れてしまうと、つい忘れがちな視点です。

「そもそも」がわかれば、力を抜いて料理ができる

料理を考えることは、自然と人間を考えること。さまざまな料理体験を経て客観的な視点を持つことができ、やっと「料理とは何か」という問いに答えられるようになったという土井さん。思うようにいかないと私たちが悩むのは、当然のことなのかもしれません。

そんなときは本書を開いて、料理の「そもそも」を知るところから始めてみては。土井さんのやさしい語り口に肩の力がふっと抜けて、自分にとって本当に必要な「ふつうの家庭料理」の姿が見えてくる気がします。

お料理頑張りすぎていませんか?

くらしのための料理学

イラスト/鈴木千佳子、image via Shutterstock

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