少しずつ日常が戻りつつあるものの、まだまだ緊張感のある日々が続いています。コロナ禍にある現在、言葉にしにくい心労や苦難に出合うこともあるでしょう。

今という時に限らず、人は何かしらの痛手を負いつつも、生きていかなくてはなりません。

鷲田清一さん著『二枚腰のすすめ』(世界思想社)には、人生においていろいろな試練が起きたとしても倒れないために知っておきたい「二枚腰」というスタンスが紹介されています。

もやもやした悩みごとに倒されない人生哲学

人間関係に悩む

著者の鷲田さんは京都生まれの哲学者で、大阪大学総長などを歴任。お寺と花街という相反する文化が入り混じる環境で、幼少時代を過ごしました。

その影響からか、大学では二重性と両義性にひかれて哲学の道へ進み、医療や介護、教育の場において哲学の考え方を応用する「臨床哲学」を提唱している人物です。

かすり傷から深手の傷まで、浅い深いは別として、痛手をいちども抱え込んだことのない人などいません。この痛手に持ちこたえられるだけの生き方の軸と言うものを見つけられないあいだは、いつまでもこの痛手を、納得できないままに引きずるしかありません。

『二枚腰のすすめ』IIページより引用

本著は2013年から2019年まで、読売新聞に掲載された連載記事「人生案内」が元になっています。「人生案内」は読者から集められた人生の悩みに回答する形の記事で、鷲田さんが回答したものの中からえりすぐりの71編が厳選されています。

たとえば、「からっぽ」「もやもや」「加減がわからない」といった感情を、9の章に分けて解説。その内容は、眼から鱗の人生哲学ばかり。現代を生きる私たちの心にじんわりと染みてくるようです。

日頃、はっきりと言葉にしにくいもやもやした悩み事も、二枚腰というスタンスを取ることで出口が見えてくると鷲田さんは語ります。

私たちが今抱えている問題は、はたしてどんなカテゴリーに当てはまるのでしょうか。

二枚腰とはふたつの視点を持つこと

物事の見方を変える

それにしても、気になるのは二枚腰という表現です。いったいどういう意味合いがあるのでしょうか。

二枚腰というのは、一つ堰が崩れても、背後にもう一つ堰があり、すぐには全面崩壊しない、そんな二段構えのことです。

『二枚腰のすすめ』172ページより引用

人生のどん底とは、もはや賭ける可能性がどこにもないように感じてしまうことで、最終的な破綻を目の前にしている状況を指しています。

そんな状態にならないために、またなってしまっても打破していくためには、二枚腰の構えが大事であると鷲田さんはいいます。

二枚腰とは、正反対のふたつのことがひとつのところにあるということ。つまり、ひとつのものを見たら、反対のことが透けて見えるという意味合いなのだとか。

たとえば、誰からも期待されないのはつらいことですが、逆に親や他人から期待されすぎるのも苦しいことです。あるいは、誰からも期待されるしっかり者は、助かるけれど融通が効かないといった一面があるものです。

寄り添う優しさもあれば、突き放す優しさもある。そう考えると、どんな物事にも2つの視点があることがわかります。

ピンチの時、人はある一面だけについとらわれてしまうものです。

しかし、心の揺れ動きに翻弄されるのではなく、俯瞰の目を持って打破する道、違う面を見つけ出そうとする。そんな心の奥座敷を備えておくことが、二枚腰のスタンスであるといえそうです。

弱さを強さに裏返す

人間関係に悩む

頭では理解できても、実際のところ、大きな問題から日常の小さな出来事まで、私たちの心はつい狭い視野で判断しがちです。

たとえば、「もやもや」という章には、二十代女子大学生の「人に悩み事を打ち明けられず孤独を感じている」といった悩みが紹介されていますが、鷲田さんはこう答えています。

それである時、自分の悩みは放っておいて、他の人の悩みを事細かく聞かせてもらうよう、意識を反転させました。吐き出すのではなく、吸い込むことにしたのです。そのことで少しは、自分の悩みをワンオブゼム(たくさんの中の一つ)として相対化できるようになりました。

『二枚腰のすすめ』37ページより引用

悩みを吐き出すことが苦手な人が、吐き出すのはなかなか大変なことです。しかし、吐き出せないということは、逆にいえば聞き上手であるということ。

だとしたら、むしろ吸い込んでしまう。人の切ない思いを聞き、苦しい心のうちに耳をすますことで、自分の悩みをもっと俯瞰で見られるようになるのかもしれません。

人間関係に悩む

続いて、「納得できない」という章には、三十代女性の「職場で周囲のなあなあ」な雰囲気に腹が立つという悩みが紹介されていて、鷲田さんはこう答えています。

それは「ゆるみ」や「すき」が見えないからではないでしょうか。「ゆるみ」や「すき」があるというのは、適当にやること、流されることとは違います。ほかの考え方を容れる余裕があるということです。

『二枚腰のすすめ』129ページより引用

忙しかったり、責任感が強かったりする人は、適当でなあなあな雰囲気に対して責める心が湧いてくるものです。

しかし、違う発想や動き方をする他人によって、自分自身が支えられていることも事実です。そのくらいの「ゆるみ」や「すき」を持っていないと、周囲もまた苦しくなってしまうことでしょう。

そんなに簡単には、自分の考えは変わらないものです。しかし、弱みをくるっとひっくり返すと意外な強みが見えてくるもの。

日頃からもうひとつの視点を持つようにしておくことで、ピンチの時に自然と二枚腰のスタンスが取れるようになるのではないでしょうか。

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[二枚腰のすすめ]

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