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食べる幸せ

マインドフルネスを欧米に広めた禅僧ティク・ナット・ハン師と、ハーバード大学の栄養学の専門家リリアン・チェン博士の共著という、新鮮な組み合わせの1冊がこちら。仏教の教えとダイエットや健康法が結びつくなんて、ちょっと不思議な気もします。でも、実は仏教的な暮らしは、栄養学や健康の観点からも、とても理にかなったものなのです。

この本では、仏教の教えを背景に、食事や運動、呼吸法やメンタルトレーニング、さらにはコミュニティに貢献してよりよい社会のために役立つには、というテーマに至るまで幅広く具体的に語っています。

翻訳者の大賀英史さんは、心理学や脳神経科学の専門家として、国立健康・栄養研究所でメタボリックシンドローム対策の研究をしているときに、この本に出会ったそうです。2010年当時、禅やマインドフルネスと、栄養学や脳神経科学など科学的アプローチを融合させた文献は、ほかにはほとんどなかったといいます。その後大賀さんはフランスにあるプラムビレッジまで行き、ティク・ナット・ハン師から翻訳の許可を得ています。

この本の特徴は、2人の著者と翻訳者のすべてが、「心も身も健康に生きるとは?」というテーマについて、生活の中で実践を重ねた結果が詰まっているということです。非常に幅広いテーマを扱っているのですが、ここでは、特に興味深かったポイントを抜粋して紹介します。

暮らしのすべてが瞑想になる

深呼吸する女性

ティク・ナット・ハン師のコミュニティ「プラムビレッジ」では、食事も散歩も大切な瞑想です。瞑想といっても、目を閉じて座るだけではありません。すべての行動に対し、心を込めて(=マインドフル)に行えば、暮らしのすべてが瞑想になるのです。

「プラムビレッジでの朝は早く、5時頃に起床して、讃美歌のような節がついたお経を唱えたり、座る瞑想や歩く瞑想を行い、法話を聞いたり、シェアリングなどの時間もあります。朝食後は、滞在者も農作業やジャム作りなど、共同体を維持するためのさまざまな作業にたずさわるそうです。大切なことは、それらのあらゆる活動を瞑想として行うということ」(「ティク・ナット・ハンとマインドフルネスの教え。 フランス、プラムビレッジでの暮らしとは?」 より

もちろん、プラムビレッジに滞在しなくても、仕事をしながら、日常の暮らしの中でもマインドフルネスを体感することはできます。たとえば本書では、「歩くときに一歩一歩を意識してみたり、一噛みごとに意識してしっかり味わって食べるなら、それはマインドフルネスの実践になります。他にもメールの返事を書く時や、行列で待っている時、電車やバスで座っている時」など、わずかな時間でもできるタイミングをすすめています。

ゆっくり食べる

食べ物が胃に入り、満腹になったということを脳が認識するには約20分かかるといいます。それより短い時間で食事をすると、満腹感を実感しないまま、食べすぎてしまうことになりかねません。親しい人たちと会話を楽しみながらゆっくり食べたときと、食べ物を流し込むように慌ただしく食べるときでは、食後の感覚がまったく違うことは、誰でも知っているはずです。

食事をする男女

ゆっくり食べるためのテクニックとして、口に入れる量を減らして最後まで噛むこと、そして一口食べるごとにスプーンや箸を食卓に置いたり、小さなスプーンやフォークを使うことをすすめています。ロードアイランド大学の研究では、このようなテクニックによって、食事時間が平均で30分、短い人でも20分伸びたそうです。

マインドフルネスに食べる7つのプラクティス

  1. 食べ物に感謝する
  2. あらゆる感覚を動員する
  3. よそう量は控えめに
  4. 口に入れる量は少しにし、味わいながら最後まで噛む
  5. ゆっくり食べて過食を防ぐ
  6. 食事を抜かない
  7. 野菜中心の食事

ストレス発散食いをしない

「人はストレスや怒り、不安、退屈、孤独、悲しみといった感情を慰めるために食べ物に向かいます」(P166)

ストレス発散

この指摘にドキッとした人も多いのではないでしょうか。イライラしたり、落ち込みそうなときに、ケーキを食べたり、お酒を飲んだりしたら、すっかり気分が変わったという経験は誰しもあるはずです。これは「気分の落ち込み」に対しては、ある程度有効ですが、ダイエットにはまったく向いていません。それに、本質的な問題を解決しておらず、あくまでも対症療法のようなものです。

では、どうすればよいのでしょう。ハーバード流・行動科学のノウハウとして、本書では以下の4つの観点からアドバイスしています。

1. 空腹感の原因を見分ける

「自分は本当にお腹が空いているのか、あるいはストレスから逃れたくて、気分転換のために食べたいと思っているのか」と自問する。

2. ストレスと感情に対応する

ウォーキング、ヨガ、マインドフルネス瞑想、音楽を聞きながら歌う、庭仕事、ハーブ風呂、友人との電話などはストレスを緩和し、食べることなく感情が良い方向に向かうのに役立つ。

3. ストレスを減らす小物

デスクの上に、ストレス発散用のボール、水がチョロチョロ湧き出る禅寺の庭を模した卓上型の箱庭などを置く。

4. 専門家に相談

感情に流されて食べてしまうことを自分の力では抑えられないならば、専門の精神科医か臨床心理士を探す。あるいは、会社の産業医や従業員支援プログラムのスタッフに相談する。(P166, 167)

体に良いものを選択する

いつの時代もさまざまなダイエット法が提唱されており、ブームがやってきては去っていきます。しかし本書が提案するのは、とてもオーソドックスでバランスのいい食事法です。それは、三大栄養素である「炭水化物」、「たんぱく質」、「脂質」をそれぞれ偏ることなく摂取すること、しかしその質を上げる、というアプローチです。以下に、それぞれの栄養素についてまとめたものを紹介します。

健康的な食事

炭水化物

胚芽米や玄米、全粒粉のパンやパスタ、野菜、果物、豆類には、ビタミンやミネラル、食物繊維も豊富に含まれており、これらを選ぶことは実に賢明な選択です。精白していない穀物(玄米、キビ、アワなどの雑穀、大麦、全粒小麦粉のパン、全粒オート麦など)は特筆すべきで、これらの摂取を習慣にしたほうが大きなメリットがあるという研究結果は増えています。(P103)

たんぱく質

動物由来のたんぱく質の中でも、魚には体に良い脂肪がいくつかあり、鶏肉や卵は体への害が比較的少ない脂肪を含んでいます。しかし赤肉と脂肪の多い乳製品は、心臓に良くない脂肪を含んでいます。(中略)自分の体と社会の福祉と地球のためには、豆類や木の実類、種子などの植物性のたんぱく質がもっとも健康的なたんぱく源です。(P104)

脂肪

「量より質」というメッセージは、脂肪にもあてはまります。ある脂肪は体に良い作用をもたらすので、毎日摂取してもかまいませんが、一方で、しっかり制限すべきか、あるいは一切摂ってはいけない有害な脂肪もあります。(P108)(詳細については下の表を参照してください)

【食べてよい油】

  • 一価不飽和脂肪酸…オリーブオイル、菜種油(キャノーラ油)、ピーナッツ油、ごま油、ピーナッツ、アーモンド、ごまの種、アボカド
  • 多価不飽和脂肪酸…ベニバナ油(サフラワー油)、ひまわり油、コーン油、大豆油、ひまわりの種、くるみ、亜麻仁、亜麻仁油、魚、豆腐

【制限する油】

  • 飽和脂肪酸…動物性食品(特に赤肉)、脂肪分の多い乳製品(牛乳、チーズ、バター、アイスクリーム)、熱帯油(パーム油、ココナッツ油※1)

【避ける】

  • トランス脂肪酸…半硬化油(一部の固い棒状になったマーガリンやソフトマーガリン※2)、市販の焼き菓子、油で揚げたパン、ファストフードや飲食店の食品

※1:ココナッツ油は、HDL(善玉コレステロール)を高めるため、他の飽和脂肪酸ほど体に悪くないので、食事に少量のココナッツ油を含めるといいでしょう。
※2:マーガリンは、トランス脂肪酸と部分的に水素添加された油脂を含まないならば、体に良い脂肪酸です。これらは、栄養成分表示を見て確認してください。

(P105 「第3章 マインドフル食事法」より引用)

故日野原重明先生も推薦。「生き方のバイブル」

先日亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が、「生き方のバイブル」という推薦の言葉を寄せているように、健康にダイエットをするための具体的なステップから、ティク・ナット・ハン師による唯識思想の解説に至るまで、きわめて幅広いテーマが一冊に詰まった中身の濃い本です。参考文献やウェブサイト、録音して使うことのできるリラクセーション誘導など、関連情報も充実しており、マインドフルネスな暮らしを実践するために、さまざまな角度から役立ちます。

私と世界を幸福で満たす食べ方・生き方

私と世界を幸福で満たす食べ方・生き方 ––– 仏教とハーバード大学が勧めるマインドフルネス』ティク・ナット・ハン/リリアン・チェン 著 大賀英史 訳

心も体も健康になりたいあなたへ

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