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自分の弱さと向き合い続けた波乱万丈の水泳人生〜元水泳選手・萩原智子

元アスリートの意識改革

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SPORTSカテゴリーでは、「元アスリートの意識改革」をお届けします。常に結果を求めていたアスリートたち。彼女たちの意識が変わったターニングポイントは何だったのか? その意識は競技生活や、その後の人生にどう影響しているのでしょうか。引退したいまだからこそ語れるリアルな言葉とともに、現役時代を振り返っていただきます。

vol.9でお話を伺うのは一度は引退したものの、5年のブランクを経て現役復帰した元競泳選手の萩原智子さん。本人も認める波乱万丈の水泳人生において、意識が変わった瞬間とは?

* * *

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萩原智子の言葉

夢の実現は、公言し続けることが重要。すると、自然に“サポーター”が増え、いつも支えてくれるかけがえのない存在になるんです。

反発のち、納得の言葉。「本気で勝ちたいと思っているの?」

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――ハギトモさんの競技人生は、それこそ波乱万丈ですよね。

萩原:ハハ(笑)。私の場合、ターニングポイントが多すぎるんですよね。

――その中で“いちばん”を挙げていただくと?

萩原:うーん、やっぱり高校3年生かなあ……。

私、中学3年の時に200メートルの背泳ぎで日本歴代2位という記録を出して、そこから4年間、スランプで自己ベストが止まってしまったんです。高校3年間は苦しみ抜いた時間で、何をやってもダメでした。ただ、ベストは出ないけれど記録はそこそこ。結果は出るのに、その上にはいけない。日本代表にはなれない。そういう状態でした。

――出身は山梨学院大学附属高校。200メートル背泳ぎはインターハイ3連覇を達成し、高校3年の12月に開催されたアジア大会では100、200、400メートルメドレーリレーで3冠に輝いています。

萩原:アジア大会の代表に選ばれていたため、半年前の5月に行われた合宿に参加しました。そこで同じ種目に出るライバルの先輩と10日間くらい一緒に過ごしていた中で、当時スランプに陥っていた私は「すべてを吸収して帰らなきゃ」という気持ちで合宿に臨みました。

でも、自分と先輩とで何が違うのか、まったくわからなかったんです。ずっと練習ノートをつけていたんですけど、「先輩との違い」と書き始めても、その先が書けない。やっていることは先輩とほとんど同じ。食事もそう。練習もそう。だから私、その先輩に直接聞いてしまったんです。「私、なんで勝てないんですか?」と(笑)。

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――その行動力は、なんとなく“ハギトモさんぽい”というか……。

萩原:ですよね(笑)。先輩は真剣に答えてくれました。「ハギトモは本当に私に勝ちたいと思って練習してるの?」と。びっくりしました。でも、心の中では「してるし!」と思っていました。先輩の言葉に、反抗する自分がいたんです。

でも、合宿が終わってひとりになった時に、ふと「やっぱり違うかもしれない」と思うようになりました。私自身、オリンピックに対する気持ちはちゃんとありました。ただ、「行きたい」と口では言っているけれど、心の中では“行けたらいいな程度”にしか思っていなかった。一歩踏み出せていない状態だったからこそ、先輩たちに対しても「勝てたらいいな」としか思っていなかったんです。

――そのことに気づかせてくれたのが、先輩の言葉だった。

萩原:はい。覚悟を決めなきゃいけないと思いました。絶対にオリンピックに行く。絶対にベストを出す。絶対に先輩たちに勝つ。そういう強い気持ちを初めて持つことができたのが、あの合宿の直後のことでした。

それ以降は、ものすごく変わりました。与えられる練習だけではなく、自分の弱い部分を全部出して、何度も何度もコーチとミーティングを重ねて。その内容をしっかりと練習に組み込むことができていたからこそ、その年の12月のアジア大会で結果を出すことができ、それが自分の中ですごく自信につながったんです。その翌年には、中学3年以来の自己ベストを出すこともできました。

調子に乗っていた「弱い」自分

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――高校3年の5月、先輩の言葉をきっかけとして、アスリートとしてのメンタリティが芽生え始めた。

萩原:オリンピックに出場することも、夢から目標に変わりました。振り返れば、若い頃からコーチをはじめとする周りの大人の皆さんにたくさん気を遣ってもらって、たとえばオリンピック経験者のすごい選手に会わせてもらう機会もたくさんありました。

でも、やっぱり、夢から目標に変えるという作業は、最終的には自分自身でやらなきゃいけない作業なんですよね。そこがすごく難しかった。

――どの競技のアスリートと話しても、その壁を超えられるかどうかがとても重要であることがわかります。ただ、若くして脚光を浴びる選手ほど難しい。

萩原:私もそうでした。歴代2位の記録を出した中学3年生の頃は、ものすごい反抗期と調子に乗った時期が重なってしまって(笑)。その年はアトランタ五輪の前年だったので、周囲の雰囲気が「行ける!」という感じになっていたんです。

でも、「超」がつくほどの反抗期だった私は、「だから何?」という感じでした。自分の殻に閉じこもって、冬場の泳ぎ込みもまったくがんばらない。完全に調子に乗っていたんです。天狗になってしまって、ただ速く泳げるだけなのに、無意識のうちに“偉い”と勘違いしてしまった。

しかも、家族に反抗しなかった分、コーチに反抗してしまいました。私の泳ぎがいまいちだったりすると、コーチが怒ってビート板をプールに投げ入れるんです。私は泳ぐのをやめて、そのビート板のところまでゆっくり歩いていって、コーチに向かって投げ返したり……。

――それはなかなか(笑)。不満そうな表情を浮かべるくらいならまだしも、ビート板を投げ返すとは……。

萩原:私自身、いまだにとんでもないことをしてしまったと反省しています。

実は、私がビート板を投げ返した相手が、私を見つけてくれた方であり、最後までずっと面倒を見てくれていた神田忠彦コーチです。そういうことも含めて、コーチに対して少しずつすべてをさらけ出せるようになっていくんですよね。

ビート板を投げ返すなんて絶対にやっちゃいけないことだけれど、あの頃の私にとっては、コーチと本物の師弟関係を築くという意味でとても大事な瞬間だった気がします。

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――そのエピソードにハギトモさんのストロングポイントが見え隠れする気がします。ものすごく勝手なイメージですが、自己主張のエネルギーが強いというか。

萩原:そうかもしれないですね。だからこそ人とぶつかることもあるけれど、それ自体がパワーの源になる気がします。

あ、そうそう、中学3年の時にも“事件”があったんですよ。中学校の同級生で、いまでも親しくしている友人に本気で怒られたことがあって。

――血気盛んな反抗期のハギトモさんに?

萩原:はい(笑)。当時の私は、たぶん毎日ダラダラと練習して、学校で文句ばっかり言っていたんでしょうね。そうしたら、バレーボール部だった友人が急に本気で怒り始めたんです。

「アンタ、何言ってんの!? 智子が自分で『オリンピックに行きたい』って言ったんじゃん! 何、文句ばっか言ってんの? できるんだったら、ちゃんとやりなよ! もったいないよ!」と。

彼女はものすごい剣幕でそう言って、怒って帰ってしまいました。「なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」と、私は涙がボロボロと出しまい……。でも、よく考えてみると、彼女は、もし自分が逆の立場だったら絶対に言えないことを言ってくれたのかもしれないと思えたんです。彼女のあの言葉も、私にとってすごく大きなターニングポイントだった気がします。

「夢」から「目標」へと変える難しさ

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――先輩しかり、神田コーチしかり、友人しかり。10代の頃に、それだけ自分と本気で向き合ってくれる人がいるということがすごいなと思います。

萩原:1992年のバルセロナ五輪のとき、私は小学校6年生でした。岩崎恭子さんの金メダルを見て、オリンピックに憧れて、それからずっと人前で「オリンピックに行きたい!」と公言し続けていました。学校で発表の機会があれば必ず言っていたし、もちろん卒業文集にも書いたし、近所のおばちゃんにまで言っていた気がします。

これは後になって気づくことなんですけれど、そうやって自分の夢を口に出し続けていると、自分でも知らないうちに“サポーター”ができるんですよね。そういう人たちが、私がキツくなった時に背中を押してくれたり、支えてくれる。

いま、私が行なっている「水ケーション」(*)活動の一環として小学校に行って「夢がある人は手を上げて!」と言うと、パラパラと手が上がります。そのあと「それをみんなの前で発表できる人!」と聞くと、一斉に手を下げてしまう。だから、必ず伝えているんですよ。「私は小学生の頃から、自分の夢をみんなの前で話してたよ」と。「そうするとサポーターができて、苦しくなった時に助けてくれるんだよ」と。

それについては強く実感していて、水泳を辞めたいまでさえ、夢や目標を積極的に口にするようにしています。そうすると、直接的であれ、間接的であれ、応援してくれる人が必ず現れてくれるんです

*「水ケーション」は、萩原さん自身を育ててくれた「水」に感謝し、水泳教室はもとより、「水の大切さ」 や「水の教育」にも取り組む水でエデュケーション・コミュニケーションする活動のこと。

――すごくよくわかります。そうやって夢や目標を積極的に口にしながら、どんどん突き進んでいく人ほどその道を極める。特に、トップアスリートに多い気質であるような気がします。

萩原:私、白黒はっきりつけたいタイプなんです。だから、やる気があるならとことんやる、やる気がないならやめる。その覚悟が決まってからは、本当に水泳中心の生活になりました。

具体的には、それまでの自分になかった新しい要素を積極的に取り入れました。新しい練習をどんどんやって、合わなければ無理してやらない。それを繰り返して自分に合うスタイルを築き上げるという作業を、コーチと二人三脚でできたことが大きかったと思います。

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萩原:シドニー・オリンピックまでは、迷いなく一直線という感じでした。絶対に出場できると思って練習していたし、そのくらいの覚悟を決めていたのでものすごく充実していました。本当に、あっという間でしたね。

ただ、失敗もありました。その当時の私が思っていたのは「オリンピックに行きたい」という強い気持ちだけで、その一歩先、「メダルを獲りたい」とまでは本気で思えていなかったんです。いまになって振り返ると、オリンピックの選考会で出場権を勝ち取って、それで集中力が切れてしまっていた。

――それでも、シドニー・オリンピックでは「金メダル候補」として取り上げられていたと記憶しています。

萩原:正直なところ、自分の意識とのギャップを感じていました。「私、メダル狙えるの? じゃあ頑張らなきゃ」という感じで、急に焦り始めてしまって。あの頃は、周りの雰囲気がすごかったんです。空港に着いただけでワーッと囲まれてしまうし、常にカメラを向けられていた。そんな状態だったから、私自身、シドニーに着いても地に足がついていませんでした。

実は、いまだに1年に1回くらい夢に出ることがあるんです。みんなにカメラを向けてられて、真っ暗で、自分は何も見えないし、苦しくて前に進めない、あの空港の光景……。それから、シドニーでレースを終えた瞬間、電光掲示板を見たあの瞬間の光景……。水の感覚や手に持っているバーの冷たさまで、夢の中でリアルに感じます。いまは冗談ぽく言えるんですけど、昔はこんな話さえできませんでした。あの光景が夢に出てくるなんて、30歳になるまで誰にも話せなかったんです。

弱さと向き合い続けた水泳人生

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――30歳というと、24歳で一度引退されて、29歳で現役復帰を果たした1年後ということになりますね。

萩原:はい。同じチームに北島康介くんがいて、シドニー・オリンピックに一緒に出ていたこともあって仲良くさせてもらっていました。食事の時に、何となく言ったんですよね。「私はシドニー・オリンピックの時から何も変わっていない。立ち止まったままなんだと思う」と。

その言葉を聞いた北島くんが「いやいや、智子さんは十分がんばってるじゃん。もっと自分を褒めてあげなよ」と言ってくれたんです。その瞬間に、すべてがワーッとなって……。何もかも、あの瞬間に消えてなくなってしまった。

それまでずっと、“メダルが獲れない自分”“4位でダメな自分”とばかり思っていて、がんばってきた自分を認めてあげることができませんでしたが、北島くんの言葉で「認めていいんだ」と、心の中がスッキリしたんです。それからはもう、何でも言えるようになりました。「シドニーで負けたことがコンプレックスなんです」とか「メダルがほしかった」なんて、本当に誰にも言えませんでしたから。

――4位になった自分を自分で認められないもどかしさだったんでしょうか。それとも、人に認められないもどかしさ?

萩原:たぶん、両方だったんだろうなと思います。ただ、とにかくずっと思っていたのは、「なんでメダルが獲れなかったんだろう」「なんでもっとできなかったんだろう」ということでした。結果を出せなかったことで、自分がやってきたことを認めてあげられなかった。

北島くんはすごいですよ。彼もシドニーは4位だったんですよね。あの時、たまたま同じバスに乗ったことがあって、彼は「智子さんまだ続けるでしょ?」と聞きました。でも、私は「ムリかも」なんて適当に答えることしかできなかった。

あの時、北島くんは「僕は2008年くらいまで続けて、絶対にメダル獲るから」と言ったんです。その言葉を聞いて、鳥肌が立ちました。まだ高校生だった彼が4年後のアテネでもなく、8年後の北京を見据えているなんて信じられなかった。しかも、そこから2大会連続で金メダルを獲るわけですからね。

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――ハギトモさんは4年後のアテネ五輪選考会を最後に、1度目の引退という決断をされました。なんとなく、メディアを通じて見る姿がとても苦しそうに見えました。

萩原:苦しかったです。本当に。あの頃の私は、ものすごく分厚いバリアを張っていました。苦しくても苦しいと言わないし、痛くても痛いと言わない。逃げたかったです。本当に。

もちろん、メディアの皆さんには感謝しています。ただ、たくさん取り上げてもらうことで私自身の感覚とは違う“萩原智子像”みたいなものができあがってしまって、どうしても、そこに追いつくことができなかった。

そういう意味では、5年後に現役復帰した私は、自分でもわかるくらいに別人のようでした。顔なじみだった記者の皆さんから「どうしたの?」と言われちゃうくらいに(笑)。きっと、弱かったんですよね。私はすごく弱い人間で、「もっと強くありたい」といつも思っていました。

――でも、中学3年で友人のリエさんに怒られて、ビート板を投げ合いながら神田コーチと向き合い、高校3年生で先輩に叱咤されて、“シドニー五輪の4位”という現実と向き合って……。

萩原:そういうきっかけがたくさんあって、少しずつ自分の弱さを理解できるようになったんだと思います。それまでは“弱さ”が何なのかもわからなかったし、認めたくないという反発心により、弱い自分を隠していました。少しずつ弱さを認めていくことで、変なプライドや意地が消えていくんですよね。

それこそ、2度目の現役の時は別人のようでした。30歳の私が、15歳の選手に平気でアドバイスを求めていましたから(笑)。すでにいろいろなことを経験していたため、精神的にも余裕があり、ゼロの状態からの再スタートであっても、とにかく泳ぐことが本当に楽しかった。本当に楽しかった。それによって新しい水泳の楽しさを知ることができたし、復帰して良かったなと心から思いました。

――やっぱり、ターニングポイントだらけの水泳人生ですね。

萩原:波乱万丈という言葉がぴったりですよね。浮き沈みがものすごく激しかったけれど、逆に、普通に生きていたら絶対に味わえないことがたくさんありました。もちろんそれは、これからの人生においても必ずプラスになると思います。あれだけ苦しい思いをしてきたからこそ、いまの私に怖いものはありません(笑)。

水泳には、私という人間を育ててもらいました。本当に感謝しています。だからこそ、これからはいろいろな形で恩返ししたいと思っているんですよ。

萩原智子
山梨県甲府市出身。シドニーオリンピック競泳日本代表。2002年日本選手権で、史上初の4冠達成。「ハギトモ」の愛称で親しまれ、2004年現役引退。5年の歳月を経て、2009年現役復帰宣言。30歳にして日本代表に返り咲く。2013年日本水泳連盟理事に就任。2015年、2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員に就任。現在は、テレビ・ラジオ出演や水泳の解説の他、自ら現場に行って取材を行い、ライターとしても活動の幅を広げている。 また、メディア出演のほかにも、これまでの人生経験をもとに講演活動を行うほか、改めて、自身を育ててくれた「水」に感謝し、水泳教室はもとより、「水の大切さ」 や「水の教育」にも取り組む水でエデュケーション・コミュニケーションする「水ケーション」の活動にも注力している。山梨県、福島県、愛知県では水泳大会「萩原智子杯」を開催。

写真/千葉 格 スタイリング/藤澤まさみ ヘア&メイク/山中朋子 文/細江克弥

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