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人生、ムダなことは何もない。30代で天職を見つけた蛯原英里さんの転機

年齢を重ねるにつれ、その輝きを増し続ける蛯原英里さん。2014年に第一子を出産し、翌年立ち上げた「日本チャイルドボディケア協会」の代表として、ベビーマッサージの素晴らしさを伝えています。

現在の活動にたどりつくまでには、さまざまな選択があったと蛯原さん。明るい笑顔で語りながら、涙を見せる場面も。19歳で看護師になってから現在までには、どのような岐路があったのでしょうか。

看護師時代に知った、赤ちゃんとお母さんのつながり

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蛯原さんは1979年、宮崎県に生まれました。双子姉妹で、お姉様はモデルの蛯原友里さん。家族と地域の人の愛情をたっぷりと受けて育ったそうです。小学4年生のとき、虫垂炎で入院したことが将来「看護師」の道を選ぶきっかけとなりました。看護学校を卒業し、配属されたのはNICU(新生児集中治療室)でした。


「触れるのも怖いぐらい小さな赤ちゃんが呼吸器や点滴につながれていて、それでもしっかり生きようと頑張っている。あらためて命の尊さを知りました」(蛯原さん)

小さく生まれてしまったのは私のせいだと自分を責め、保育器の前でボロボロ泣いているお母さんの背中をさすりながら、「こんなこともできるようになりましたよ」「やっぱりお母さんには特別な笑顔を見せますね」などと伝え、赤ちゃんに触れてあげるように促していたと蛯原さん。

触れた指を赤ちゃんに握り返してもらい「この子が私を許してくれたような気持ちになる」と表情を和らげるお母さんを見て、赤ちゃんに触れることが赤ちゃんとお母さんの両方にとって大切だということを実感したそうです。

ベビーマッサージと出会い、点と点が一直線に

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24歳で結婚し、上京を機に看護師を退職した蛯原さんが次に選んだのは、アパレルのPRの仕事でした。


「ファッションはもともと好きでしたし、『あのときやっておけばよかったな』と後悔するのはイヤだったので、何事も経験だと思ってお受けすることにしました」(蛯原さん)

とにかく忙しく、平日は終電まで働いて土日は撮影で缶詰め状態。ご主人とコミュニケーションを取る時間もなくなり、やっと話せたと思ったらケンカになってしまうことも。


「仕事は刺激的でとても楽しかったんです。ただ、私は誰のために仕事をしているんだろうって立ち止まることはありました。服を買ってくださる方や雑誌の読者のお役に立てているという思いもあったのですが、私はやっぱり目の前にいる人の笑顔のために働くのが好きなんだな、って」(蛯原さん)

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そんな気持ちが芽生えたとき、自然と足が向いたのは本屋さんの看護や赤ちゃんに関連する本が置かれたコーナーでした。懐かしいなと店内を歩きながら目に留まったのが「ベビーマッサージ」について書かれた一冊。読んでみると、ベビーマッサージができた経緯のひとつが「NICUのタッチケア」であると書かれていました


「そのとき、胸がドキューンってしたんです(笑)。私たち双子は未熟児で生まれて保育器の中にいました。それからいつも一緒だったのに、小学校のときに虫垂炎で入院したのは私だけ。その経験から姉とは違う道を選んで看護師となり、NICUに導かれた……。そんな点と点が一直線につながったという思いでしたね」(蛯原さん)

「自分を信じて。がんばった証は必ず残る」

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32歳のときに一冊の本と運命の出会いを果たしたものの、ベビーマッサージはそのころはまだあまり知られておらず、何から始めていいかわからなかったと蛯原さん。

4年間続けたPRの仕事にピリオドを打ち、資格を取って、世の中のママが何を求めているかを知るために街頭で100人もの女性にアンケートを取って回りました。その原動力はどんな思いから湧いたものなのでしょうか。


「それは、ベビーマッサージの素晴らしさを伝えたいという思いです。ベビーマッサージは、ママと赤ちゃんが触れ合うことで愛情を伝える手段。赤ちゃんだけでなく触れているママも癒され、穏やかな心を育ててくれます。触れることはとても大切で、健やかな心や脳を育むことは医学的にも研究が進んでいるんです」(蛯原さん)

さらに、「育児を完璧にやろうとするばかり、ストレスを抱えてしまっているママに息抜きの場と方法を提供したかったという思いがあった」と蛯原さん。資格を取ってからベビーマッサージの教室を始め、軌道に乗せるまで約3年間の道のりで、不安になることもあったそう。そんな蛯原さんを支えてくれたのが、お母様からもらった「手紙」でした


「看護学校では寮生活だったのですが、母が送ってくれた荷物の中にお米と一緒に『自分を信じて、ひたむきに努力しなさい。振り返れば必ず道となっている。がんばってきた証は必ず残る』と書かれた手紙が入っていました。それ以来、この言葉は私のお守りとなり、大変なときも『自分を信じてがんばろう』と気持ちを奮い立たせる糧になってくれています」(蛯原さん)

また、「この道を選んだことは間違いではなかった」と思わせてくれたのが今夏に4歳になる娘さんの存在。自分の子どもと向き合うことで、看護時代の経験とベビーマッサージの知識が自分のものとして腑に落ち、「これが私の天職だ」と確信したそうです。


「赤ちゃんは五感をフル稼働してお母さんを求めてくれるんです。とくにお母さんの“におい”が大好きで、嗅覚はもしかしたら大人より敏感かもしれないと感じます。こんなに小さなときから自分が心地よいと感じる香りを探すのが上手なんだなと驚きますよ。もちろん、私も夜にベビーマッサージをしながら子どものにおいを感じると1日の疲れが吹き飛びます」(蛯原さん)

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自分らしく輝く道を見つけた蛯原さんが自身の歩いた道を振り返って言えることは「経験してムダなことは何もない」ということ。PRの仕事は大変だったからこそ、今の活動を知るきっかけにつながりました。


「悩むということは、それだけ向き合っているということ。つらい時期は成長の時期でもあります。ただ、本当につらかったら別のところに選択肢があるということも忘れないでいてほしい。当時の自分に声をかけるなら、こんな言葉を選びたいですね」(蛯原さん)

気持ちをリラックスさせ、背中を押す小さなきっかけでありたい

大人になって何でも自分で決められる自由さはある一方で、道に迷ったり選んだ道でよかったのかと不安に思ったりすることは誰にでもあること。そんなとき、気持ちをすっと切り替えて前に進ませてくれる「お守り」のような存在があれば、こんなに心強いことはありません。 蛯原さんにとって、お母様からの手紙とお子さんとのふれあいがそうであるように……。

毎日の暮らしのなかで、女性たちの気持ちをリラックスさせ、背中を押す小さなきっかけになる――。そんな役割を果たしてくれるもののひとつに「香り」があります。お風呂上がりや、眠りの時間、朝の身支度、お洗濯といった何気ない日々のふとした瞬間に、好きな香りを感じながら深呼吸すれば、気持ちにちょっぴり余裕が生まれるはず。アロマ柔軟剤「ソフラン アロマリッチ」にはそんな 「お守り」のような存在でありたいという思いが込められています。

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左/フェアリー、右/ソフィア

天然アロマオイルを配合した“奥深く上質な香り” が一日中優しく香り続ける「アロマリッチ」。1万人もの女性に香りの嗜好性を調査して完成させた5種類のアロマで、自分好みの香りがきっと見つかるはずです。そのなかでもジメジメした梅雨やこれから迎える夏におすすめなのは「フェアリー」「ソフィア」の香りです。

黄色いボトルがかわいらしい「フェアリー」は、透明感のある爽やかな女性をイメージしたウォータリーフラワーアロマの香りで、フローラルベースにフレッシュフルーツがみずみずしく香り立ちます。洗練されたグリーンのボトルの「ソフィア」は、上品で清楚な女性をイメージしたピュアフローラルアロマの香りが特長。華やかさと爽やかな印象を兼ね備えた清潔感のある香りです。

気持ちが揺れたり、心が窮屈になったりしたとき、好きな香りを感じながら深呼吸をする。そんな小さな習慣を味方につければ、笑顔の回数が増えるのではないでしょうか。

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蛯原英里さん
1979年、宮崎県生まれ。看護学校を卒業後、看護師としてNICU(新生児集中治療室)に勤務。上京を機に退職し、1年ほど専業主婦に。知人の紹介でアパレルブランドのPRをしていたときに「ベビーマッサージ」に出会い、資格を取得。2012年に「エナ・アミーチェ」、2015年に「日本チャイルドボディケア協会」を設立。プライベートでは2004年に結婚し、2014年に第一子を出産。今年9月に第二子を出産予定。

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蛯原さん衣装:トルワズィエムチャコのワンピース31,320円(税込)/アプレドゥマン TEL:03-6274-8533

撮影/石阪大輔 スタイリング/清水久美子 ヘア&メイク/西藤恭子 文/大森りえ

sponsored by ライオン株式会社

好きな香りといっしょに、深呼吸しよう

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