発酵食品ブームの後押しにより、見直されてきた日本酒の価値。先人は『酒は百薬の長』と言葉を残したけれど、それは、一体どんなものだったのだろう? 宝探しのように、百薬の長を求めて、私は旅を重ねていました。

そんな折、旅先で人づてに知ったのが、百薬の長をうかがわせる、自然酒(日本酒)の存在。なんでも、無農薬のお米を原料に、添加物を加えず、自然にゆだねて醸すお酒なのだとか! 長いあいだ、自然酒のことが頭から離れず、ついに、自然酒の蔵元を訪ねました。

自然酒を求めて、辿りついた発酵の里・千葉県神崎町

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千葉県北東部にある神崎町(こうざきまち)。茨城県との県境、利根川沿いに位置するこの町は、その昔、醤油・味噌・酒などの醸造業が盛んだったそうです。この地域では、醸造文化が人々に暮らしに根付いており、発酵食ブームの現在では、”発酵の里”として、健康志向の人を中心として、にわかに注目を集めています。

自然酒の蔵元・寺田本家は、この発酵の里で、江戸時代より340年以上続く、老舗の酒蔵。毎年3月に神崎町で開催される発酵をテーマとしたイベント、『発酵の里こうざき酒蔵まつり』を牽引する、エネルギッシュな蔵元でもあります。

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寺田本家の建物は、明治時代のレトロな雰囲気を今に残す。写真・向かって左奥に醸造所、正面は事務所(お酒購入可)、右方面にはカフェが併設。

自然酒の蔵元にたたずむ、酒蔵カフェに立ち寄り

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寺田本家の運営する『カフェうふふ』。建物からレトロな空気を感じられる。

酒蔵に入る前に、足を運んだのは『カフェうふふ』。 酒粕料理家の寺田聡美さんがレシピ考案をした、発酵食をいただけるカフェです。聡美さんは、寺田本家24代目当主であるご主人とともに酒づくりをする傍ら、このカフェの主宰をつとめます。

カフェうふふにちりばめられた、エシカルの数々

さっそく店内に入ってみると、洗練されつつも、懐かしさを感じる空間。ここは、もとは酒蔵の敷地に建っていた古いアパートだったものを、カフェとして再生したのだそうです。

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白を基調とした広い店内。窓からも光が差し込み、開放的。席は、座敷席とテーブル席、ソファー席があり、老若男女が心地良く食事をできるように考えられている。
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店内の木材は、可能な限り古材を使用。
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カフェテーブルは、自然酒の蔵元らしく、過去に酒づくりで使用していた廃棄になるはずの木桶の蓋をリメイクしたもの。

今ある資源を無駄にすることなく、可能なことは自分たちの手で。 手に負えないところは、できる人の力をかりて。カフェの内装などをつくりあげていった背景をお聞きしていると、このお店が、人や社会・自然環境にどのような影響を及ぼすのか、倫理的な考えのもとに、ひとつひとつの作業を進めていったことが伝わってきます。

斬新・美味しい・美しい。三拍子揃った発酵ごはん

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小松菜の玄米塩こうじナムル

さあ、ランチの時間も近づいて、お腹がぐーぐー鳴ってきました。店内には、食欲をそそる、よい匂いが漂います。この日いただいたカフェメニュー(2,000円 税込)は、一巡回のみのブッフェ形式で、寺田本家の酒粕や麹・マイグルト(米の乳酸菌飲料)などの天然調味料で味付けした、12種類の発酵ごはんを、用意された大皿に盛っていきます。発酵食メニューでありながら、肉や魚、卵に乳製品を使わない菜食料理でもあるため、ベジタリアンの人にも対応。料理に使う素材は、近隣の農家さんが、自然栽培や有機栽培で育てた野菜です。

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ブッフェテーブルに並ぶ発酵ごはん。 雑穀ごはん、粕汁、旬菜のぬか漬け、車麩の甘酒バーベキューソース、酒粕と豆乳のクリームグラタン、おからと菜の花の玄米塩こうじサラダ、月のとうふ、ヤーコンと原木しいたけのきんぴら、自家製たくあん、大根とにぎり酒のスパイス炒め、小松菜玄米塩こうじナムル、白菜のマイグルトキムチの12種が提供された。

一巡回のブッフェのため、自分の胃袋を把握して、一皿に上手く盛り付けなければなりません。一度の食事量はもちろんのこと、自分の食の癖を知る、良いきっかけです。

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少しずつ盛り付けたつもりが、思った以上に欲張っていたようで、ご飯もおかずもいっぱいいっぱい(笑)。

色彩豊かで、見ても楽しい発酵ごはん。どれから箸をつけようか迷いつつ、どれを食べても、期待以上の美味しさ! 全体的に、素材の味を活かした、やさしい味わいですが、噛めば噛むほどに旨味も滲みでる……。こんなに美味しいのなら、もっと大盛りにすればよかった……と思ったくらいです(笑)。

そして、食事の後には、デザートとコーヒーが振る舞われました。 デザートは、自家製酵素ジュースのフルーツポンチ。コーヒーは、仕込み水(酒づくりに使う水)で淹れたオーガニックコーヒーです。

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写真左 自家製酵素ジュースのフルーツポンチ。写真右 仕込み水で淹れたオーガニックコーヒー。フルーツポンチは自然な甘さに程よい微炭酸が効いていて、仕込み水で淹れたコーヒーはとてもまろやか。

フルーツポンチもコーヒーも、これまた美味しい! 食後のさりげない、小さなデザートのわりに、その印象が、鮮明に記憶に残るほど、インパクトは大。

食事を終えたところで、「私もこんな美味しい発酵ごはんとデザートが作りたい!」と思い、レシピをあれこれ尋ねると、有難いことに、聡美さん考案の酒粕・麹レシピが寺田本家HPでも一部公開されているとのこと。個人的には、キヌアを使った酒粕ナゲット、乳製品不使用の酒粕粉チーズなどを作ってみたいと思っています。カフェ内では、天然調味料が販売されているので、カフェうふふの味を手軽にお家で再現したい人は、試してみるとよいかも。

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バーベキューソース 550円、バーニャカウダ 850円、やさしいラー油 850円、玄米塩こうじ 850円、酒粕ちいず 750円(いずれも税込)を取り揃えている。全て、自然酒酒粕や発芽玄米麹など材料として手作りされている、体にやさしい調味料。

発酵ごはんをもっと知りたいという方には、聡美さんの著書『麹・甘酒・酒粕の発酵ごはん』にも、天然調味料のレシピや発酵ごはんのレシピが紹介されていますので、そちらを手にとってみるのも、おすすめです。

取材協力/カフェうふふ 写真撮影/yonevanife

カフェでの発酵ごはんに、お腹も気持ちも満たされたところで、大本命の酒蔵を訪ねます。

寺田本家の酒造見学、自然酒づくりの現場へ

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酒蔵の庭の様子

さて、自然酒についてですが、自然酒というのは、明確な酒類の区分ではありません。しかし、一種の醸造概念をあらわす言葉と理解できます。伺った寺田本家では、無農薬米、無添加、生もと造りの独創的なお酒造りによって誕生したお酒を自然酒と呼んでおり、同所でつくられている全てのお酒は、自然酒に根ざしたものだそうです。

寺田本家が自然酒を醸すきっかけは、23代目の頃に遡ります。効率化と利潤を優先した酒づくりの結果、酒蔵は廃業寸前に。しかし、それが機となり、酒づくりを根本から見直し、人の役に立つお酒=百薬の長をつくることを目指し、自然酒づくりにシフトしたのだとか。以降、寺田本家は30年に渡って、自然に還る酒づくりに取り組んでいるそうです。

今回、酒蔵見学の機会に恵まれたこともあり、寺田本家24代目当主 寺田優(てらだ まさる)さんに、自然酒づくりの現場を案内していただきました。

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寺田本家24代目の寺田優さん

自然酒は、蒸した原料米を、仕込み水と、”蔵付き”の微生物である麹菌・酵母菌・乳酸菌などの力によって発酵させて、アルコール(お酒)にしています。

以下は、寺田本家を代表する銘柄『五人娘』完成までの過程が描かれたものです。

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自然酒「五人娘」ができるまでの過程。日本酒に親しみがある方ならご存知の「一麹(いちこうじ)、二酛(にもと)、三造り(さんつくり)」という言葉。一麹(いちこうじ)=麹づくり、二酛(にもと)=酒母(酛)づくり、三造り(さんつくり)=原酒となる醪(もろみ)を仕込むことを指す。これは、日本酒をつくる過程と、その重要な工程を示した慣用句だが、上記の『五人娘』ができるまでの過程からも分かるように、寺田本家でも、同様の流れを組んで自然酒づくりが行われている。(画像提供 寺田本家HPより)

驚いたことに、同蔵元では、上記のほとんどを手作業でおこなっているのだとか!

「酒づくりの原点に立ち戻り、本物のお酒=百薬の長とは何か?を追求するうちに、機械をほとんど使わないてのひら造りになりました。(寺田本家 寺田優さん)」

製造業の近代化の逆をいく、寺田本家の自然酒づくり。蔵を巡りながら、手作業にこだわるワケも紐解いていきましょう。

01:無農薬にこだわった原料米

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原料米は、提携先の農家さんから仕入れたものと、自家栽培米を使用。

まず、酒蔵に入って、24代目が見せてくれたのは、お酒の材料となるお米です。原料米はすべて、無農薬・無化学肥料栽培のものだそうです。無農薬米を原料としているのは、微生物が主役のお酒づくりを実践する上で、考え抜いた選択だったようです。

「微生物が発酵することで、米からお酒が生まれます。微生物が元気に、生命力溢れるお酒をつくっていける環境を人が整えれば、人の役に立つお酒ができるのではないかと考え、原料を現在のものへと見直しました。 微生物の喜ぶこと=微生物の喜ぶ餌として、無農薬・無化学肥料の原料米という答えに辿りつきました。(寺田本家 寺田優さん)」

最近では、在来種のお米を使った酒づくりにも力を注いでいるそうで、自然酒へかける、あくなき探求がうかがわれます。

02:手仕事を貫く『蒸米づくり』

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五人娘と書かれた木桶が、甑(こしき)。直径は2mほど。蒸籠(せいろ)と同じ原理で、甑の下に羽釜が埋まっており、羽釜内のお湯が沸騰し、米が蒸し上がる。

お酒づくりは、先ほどの原料米を蒸して、蒸米をつくることから始まります。 お米を蒸す理由は、お米がゆっくりと発酵して、美味しいお酒になるからだそうです。 冬の寒空の下、神崎神社の小さな森を水源とした仕込み水(井戸水)で、素手にて米を洗います。洗った米はしばらく水に浸し、水を吸わせた後、甑(こしき)と呼ばれる大きな木桶のなかで蒸していきます。

蒸米ができあがると、甑取り(※甑から蒸米を取り出す作業)です。甑取りは、ぶんじ(※スコップのようなもの)を使い、人の手によって、ひとかきひとかき蒸米を取り出していきます。その量は、多い時で1トンにものぼるそうです。

「甑取り(こしきとり)は、ハードな作業です。しかも、蒸米が熱いうち作業を終えなければならず、機械を使うほうが作業効率はよいですし、以前はうちも機械でおこなっていました。 しかし、今はあえて手作業にしています。手作業でお米を触っていると、お米の微妙な違いがわかるんです。その違いを感じ取ることが、目に見えない微生物とのコミュニケーションにつながると思っています。(寺田本家 寺田優さん)」

甑取りの後は、蒸米を竹のサナの上に広げて、微生物にとって快適な温度になるまで放冷します。熱々の蒸米をサナの上に広げるのも、もちろん手作業。

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写真中央の竹材がサナ。真竹で作られている昔ながらの道具。サナの上に麻布を広げ、蒸米を熱々のうちにのせる。このシーンを想像しただけでも、手のひらに熱をおびそう……。

03:麹づくりは自家製の種麹で、蔵付き菌の力をかりて

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麹菌を培養するための製麹室

次は、先ほど放冷した蒸米を麹室へと移動させ、麹づくりです。『酒づくりは麹が命』と言っても過言ではないほど、肝となる工程。同蔵では、麹づくりもまた、独創的な考えに基づき、おこなわれています。

蒸米に麹菌(種麹とも言う)を加えると、お米がゆっくりと発酵し、麹に変化します。麹菌は(研究所などで)純粋培養されたものを購入してつくる場合が一般的ですが、寺田本家では、あえて、自家培養した麹菌を使い、麹をつくっています。

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(写真左)自家製の麹菌(種麹)。麹菌の採取には、お米をおいてとくとカビが生えるので、その中から麹菌を選び出して、お米に種付けして増やしていくそう。麹菌の自家培養も昔ながらの手法で。種麹は、お酒づくりが始まる秋頃に、一年分をつくっている。(写真右)麹菌を蒸米に種づけするための道具。ふりかけのように網目から麹菌を蒸米にふりかける。
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麹菌の胞子が種づけされた蒸米。種づけした麹菌がすくすくと育つように、蒸米に麻布をかけて、発酵しやすい環境を整える。種付けから20時間くらい経過すると麹が熱を発するそうだ。
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麹づくりの間、麹室の温度は、お米の状態や発酵の具合によって調整する。麹をつくる上では、こういった菌たちとのコミュニケーションが欠かせない。

「近代のお酒づくりは、主役となる麹菌・乳酸菌・酵母菌などを、いかにコントロールして美味しいお酒をつくるか、という考え方が主流です。しかし、昔のお酒づくりがそうだったように、蔵の中に存在する”蔵付きの菌”を活かした酒づくりをすれば、蔵の力が宿った、生命力溢れるお酒になるのではないかと考え、自家培養の麹菌による、麹づくりに取り組むようになりました。 蔵付きの菌は、純粋じゃないのが良いところだと思うんです。

例えば、麹をつくるにしても、麹菌だけではなく、さまざまな菌と一緒になって、あいまみれながら麹をつくっていくというところに、菌の多様性、悪く言ったら、味の雑味性になるのですが(笑)、そこにお酒づくりの面白さと、奥深さがあるのだと思います。(寺田本家 寺田優さん)」

菌の多様性により、味に雑味や酸味が出たことで、「日本一まずい酒」と称された経験や、自然酒を追求した結果、金賞レース(全国新酒鑑評会の新酒の評価制度)の評価基準とは全くかけ離れた、正反対のお酒になってしまったエピソードを笑顔で話してくれた寺田さんは、こうも言います。

「雑味を出す悪い菌だからと言って排除するのでなく、どんな菌とも共存して、それを含めて自然のものです。菌は、良い菌と悪い菌とありますが、それは一方からの見方で、人間も一緒です。良いところも、悪いところもある。それに対して、どんな環境を作ってあげるかどうかではないでしょうか。環境を整えると、良い菌も悪い菌もみんな揃って発酵してくれるんじゃないかなぁと思います。(寺田本家 寺田優さん)」

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長い過程を経て、できあがった麹。日本の食文化を育んできた麹だが、麹菌は、日本の”国の菌”にも指定されているそうだ。24代目曰く、デンプンを分解するアミラーゼや、油分を分解する酵素などがたくさん蓄積されるといい麹ができあがるという。

麹ができるまでには、三日ほどかかるそう。 麹ができあがれば、次なるは酒母(酵母)づくり。自然酒づくりをさらに掘り下げていきましょう。

04:昔ながらの生酛づくりで酒母をつくる

酒母は酛(もと)とも言い、原酒となる醪(もろみ)の発酵を促すための酵母です。 寺田本家では、手作業でお酒を醸す、昔ながらの生酛造り(きもとづくり)を採用しており、一切の添加物を加えることなく、蔵にもともと存在している、蔵付きの硝酸還元菌や乳酸菌を活かした、酒母をつくっています。

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酒母室の様子

酒母をつくる工程としては、木桶に蒸米を放置し、米が硬くなったところに、麹と水を加えます。 すると、米が山のように膨らむので、それを櫂棒(かいぼう)で摺り卸します。この作業は山卸(やまおろし)と呼ばれ、盛り上がった米が、白い雪山のように見えることから名付けられたのだそうです。

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山卸に使う、木桶と櫂棒(かいぼう)。
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24代目が山卸の様子を再現してくれた。山卸は、一回20分作業を1日のうちに何回も繰り返す。通常は、複数の半切桶を並べ、ひと桶×二人の体制で行う。一見、単純そうに見えて、その作業の塩梅が酒母の質を大きく左右することから、杜氏の技量が求められる。人手と手間暇ともに、経験と技術も必要な作業。

山卸作業では、生酛造りの伝統に習い、みんなで酛摺り唄(もとすりうた)を唄うことを大切にしているそうです。

「酒づくりには、酒づくり唄というものがあります。手仕事が中心だった昔の酒づくりは、それぞれの工程で唄われる唄があり、唄によって、リズムよく共同作業を進めるという目的があったようです。酛摺り唄も、複数の桶が、同時に摺り上がるという利点がありますし、お米の硬さによって唄の尺を変え、仕事の長さを調整しています。でも、それ以上に大切なのは、唄を唄うと作業が楽しくなるということです。作業が楽しくなれば、その気持ちが菌に伝わり、美味しいお酒ができると考えています。(寺田本家 寺田優さん)」

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唄を聴いて発酵した酒母を覗くと、ぷくぷく、ぽこぽこと次々に泡が立っては消え、目に見えない微生物の働きを感じられる。味見をしてみると、甘く爽やかな乳酸菌飲料のよう。

こうして、唄を唄って、手間暇かけること約1カ月。酒母ができあがります。酒母ができたら、晴れて、原酒となる醪(もろみ)づくりがスタートです!

05:醪づくりで知った、自然界の道理

寺田本家の醪づくりは、3回に分けて仕込みを行う『三段仕込み』です。醪できるまでには1カ月以上かかるのだそう。

醪(もろみ)は、酒母に麹・蒸米・水を加えてつくります。

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醪タンクが並ぶ様子。醪タンクは、地面から2mほどの高さにあり、醪タンクを覗くためには、ハシゴを登るので、足元に注意が必要。

醪をつくるタンクの中では、蒸米が麹の力で溶けて甘くなると、菌たちは糖化したお米をエサに、発酵し、アルコールを産出。最初に水中に由来する菌が発生し、次に乳酸球菌、乳酸桿菌、その次に清酒酵母といった具合に、新たな菌が現れては消えて、原酒に変化していくそうです。

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醪の発酵が最終段階に近づいた様子。お酒の香りが漂う。

「この過程では、私たちも醪の発酵の具合をみて、手仕事で温度調整を促しますが、基本的には菌自体が発酵するための環境を調整しています。ここに、微生物の共生の世界を垣間見ることができます。菌が発生してしばらくすると、自分のだした成分によって、同種の菌がいなくなってしまい、違う菌が生まれてくるのです。微生物たちの命のバトンタッチです。 自分の役目を終えた菌は、次の菌に役目を明け渡していく。競争や奪い合いではなく、支え合い、助け合い、お互いを生かし合ってお酒を作っていく。これが微生物の世界であり、自然界の本質なのではないか思うのです。(寺田本家 寺田優さん)」

競争ではなく、協奏している微生物(菌)たち。競争しがちな私たち人間世界は、このミクロの世界に学べることがたくさんあるようです。 そして、この微生物の協奏は、お酒づくりに限ったことではなく、自分のお腹の中でも、日々起こっている現象。この事実を、強く心にとめておきたいと思いました。

06:最終工程、搾りを終えて原酒に

仕込みを終えた醪を搾って(圧搾して)、ついに原酒のできあがりです! 長い手仕事の延長上に、原酒ができあがります。ちなみに、料理に登場する酒粕は、この圧搾の際の搾りカス。酒づくりの副産物です。 この日は、醪を搾る直前の段階だったそうで、職人さんたちが目視で丁寧に醪の状態をチェックしていました。

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長い時間をかけて、丁寧に手でカスを取り除きながら、搾り前の最終チェックを行う。

ここで、搾る直前の醪を味見させていただけることに! どんな味がするのだろうと、ワクワクしながら、ひとくち、いただきます。

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先ほど味見した、酒母は甘酸っぱい味でしたが、搾る直前の醪はドライなお酒の味。

搾った後のお酒は、半年以上寝かせて、出荷されるそうです。 自家栽培でお米を作るのに約半年、お酒造りに半年以上、一年の歳月をかけて、一本の自然酒が完成します。寺田本家の出荷本数は一升瓶にして約8万本です。

人だけでなく、自然にも役立つ酒づくりを

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山卸で使う半切桶も昔ながらの道具

寺田さんが酒づくりについてお話しするなかには、醸造工程以外にも、自然酒を醸すうえで、大切な姿勢がうかがえます。 先に紹介したように、寺田本家では、昔ながらの道具を用いて酒づくりをしていますが、それにも、理由があったのです。

「酒づくりを代表する昔ながらの道具は、自然環境の整備・保護などの必要性に繋がります。どういうことかというと、蒸米に使う大きな木桶は、杉の一番いいところを使っています。麹を広げるサナだって、8mもの真竹を使っています。良い桶やサナを作ろうと思ったら、山を手入れして、竹林や森を大切にしなきゃならない。なので、昔ながらの道具を使うことが、自然環境を守って残していくことに繋がると思うのです。(寺田本家 寺田優さん)」

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蒸米に使う大桶。この桶を作っているところは、日本で一軒しかないのだとか……
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寺田本家の酒蔵も建て替えはせずに、明治時代頃に建てられた建物をそのまま使っている。

また、寺田さんは、こうも話します。

「お酒の原料は、水と米です。寺田本家の仕込み水(井戸水)の水源は小さな森(天然記念物)ですが、大木もあります。ということは、根っこが張れる土壌があって、水脈が生まれてくる。その水脈があるからお酒がつくれています。ありがたいことに、ここの井戸水は340年一度も枯れたことがなく、今でも水がこんこんと湧いています。また、米も同様に、自然栽培でやっている田んぼがあるからお酒ができますが、無農薬の田んぼは、多様な生物の住処にもなり得ます。そこから自然界の命のサイクルが繰り返されます。お酒は人間が作っているようで、周りの自然環境の恩恵があってできもの。自然環境を守っていくことが、お酒づくりの大切なポイントだと考えています。(寺田本家 寺田優さん)」

お酒の一滴一滴に自然の恵みが凝縮されていることを知っているがゆえ、後世に自然を残すべく、原料や使う道具も熟考する。人間だけではなく、自然の役にも立つ酒づくりの姿勢に、酒蔵の真髄をみせられたように思います。

さて、これにて今回の蔵見学は終了です。 蔵を後にしたところで、最後に自然酒を試飲させていただきました。

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寺田本家の自然酒の原点『五人娘(純米酒)』から、五人娘の無濾過搾りたての生原酒である『しぼったまんま』、日本一まずいお酒と称されながらも人気の『むすひ(発芽玄米酒)』、ウィスキーとも感じられる風味の『花啓く(熟成甘口酒)』、ノンアルコールの米の乳酸発酵飲料『マイグルト』などを筆頭に、多数のラベルを試飲。

毎晩、お猪口に一杯を楽しむべく、お気に入りの百薬の長を探せる、有意義な機会でした。

次に寺田本家の酒蔵見学ができるチャンスは、3月25日の『発酵の里こうざき酒蔵まつり』 。神崎にある老舗の酒蔵「寺田本家」と「鍋店」の沿道を中心として開催される、発酵食のお祭りです。 酒蔵見学、お酒の試飲だけでなく、200店もの露店では、発酵食品や地元の名産品などが集合。 菌活が叶う一日になりそう!

イベント当日の、寺田本家の酒蔵見学については、『寺田本家 お蔵フェスタ』にてご確認を。 あなたの心も、お腹の微生物たちも、満たされる一日になりますように!

取材協力/寺田本家 写真撮影/yonevanife

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