もともとアートディレクターとして活動していた小倉ヒラクさんの現在の仕事は、発酵食品の素晴らしさを、より楽しく、よりわかりやすいカタチで見せること。肩書きは「発酵デザイナー」と、実にユニークな響きです。その手にかかれば、発酵食品の世界がえもいわれぬワクワク感でいっぱいに。いま、健康食、美容食としてあらためて注目される発酵食品の魅力を教えてもらいました。

ある人との出会いをきっかけに

小倉さんと発酵の世界との運命的な出会いは、デザイナーとしていっぱい遊び、いっぱい仕事していた20代前半のことでした。もともと免疫不全で生まれ、身体が弱かったという小倉さん、無理がたたって体調を崩してしまったそう。

「免疫不全のよくある症状が出てしまって、喘息で夜眠れなくなって……。そんなとき、職場の後輩の、お味噌屋さんの娘のツテで、発酵学の第一人者である小泉武夫先生に会わせてもらったんです。先生は会うなり、『お前、免疫不全だな! 発酵食品ちゃんと食べないと元気にならないぞ!』と(笑)。それで、発酵食品を積極的にとるようにしていったら、徐々に身体の調子がよくなってきた。これはどういうことだ?と、小泉先生の本を読み始め、面白いなと思ったのです」

そこからは、まるで微生物たちに導かれるかのようにして、発酵デザイナーへの道を進んでいきます。

「仕事で独立することになったとき、そのお味噌屋さんの娘から、『だったらうちの味噌屋のデザインの仕事を』と頼まれ、まずは山梨の味噌蔵にお邪魔したんです。そこがすごく気持ちのいいところで、蔵の中にいると、なんだか菌に呼ばれているような気がした。それからは発酵の世界にどんどんハマっていきました」

お味噌屋さんの仕事では、一般的なデザインの仕事だけでなく、さまざまな自主企画も手がけるように。

20180110_hakko_01.jpg

発酵食品のワークショップとか、アニメーションとか、発酵をテーマとしたプロジェクトをいっぱいやるようになって、気がついたらそんな仕事ばかり──。ああ、これは”発酵デザイナーだな”と(笑)。それから、もっと発酵のことをやりたい、と東京農業大学の研究生になって、2年半、発酵にまつわる微生物の研究の基本を学びました」

発酵デザイナーの仕事とは

その後、自身で簡単な研究設備をととのえ、発酵の研究とデザインを並行して追求していく生活に突入。山梨に移り住んだのも、このときだそう。

「発酵とは、微生物の、人間の役に立つ働きのことなんですが、そのプロセスをデザイン化すること、それを社会に埋め込んでいく、というのが僕のミッション。といってもそんな大そうなことではなく(笑)、醸造メーカーさんが自社製品の価値を理解してもらうために、また子育て中のお母さんたちに、なぜ発酵食品がいいのかをわかりやすく体系的に伝えたりとか、自治体での町おこしとか、そんな場面で、僕の作るものを役立ててもらうんです」

その活動のなかでもっとも有名なのは、麹づくりや味噌づくりのワークショップです。

20180110_hakko_02.jpg

「麹づくり、味噌づくりのワークショップをたくさんやってきました。ワークショップの鬼ですよ、僕は(笑)。これまでの受講者は1000人以上! しかも、僕が開発したプログラムは、使用許可なしに使っていいことにした。誰でも再現できるようにしたんです。こういうところで、デザインの力は大いに役に立つんですよね。

20180110_hakko_03.jpg

ワークショップではいつも、『毎朝必ずお味噌汁を飲んでくださいね』って言うのですが、お味噌汁は女性が抱えている身体のいろんな悩みに実に効果的なんです。多くの女性の悩みに、体温が低い、ということがあげられると思いますが、これにお味噌汁がいいんです。肌荒れにもよくて、麹、大豆の栄養の中に、肌の代謝を促すものが入っている。それにお漬物やヨーグルトをプラスしたら、もう最強! 毎朝のお味噌汁の習慣が室町時代から何百年も続いてきたことは、非常に大きな意味があるのです」

発酵の楽しみ方、いろいろ

さらにもっと積極的に発酵を楽しむなら、「旅したときに蔵に行け」とも。

旅行に行く前に酒蔵とか味噌蔵を事前に調べて連絡をとっておき、見学をさせてもらうんです。そこで作っているものを食べたり利き酒をしたりして発酵文化に触れるということは、その土地のことを知る、ということでもあります。本当に美味しいものは県外に出ない、ともいわれます。そういうものをその土地で、楽しむ。いま、感度の高い女性の旅の仕方って、より本質的で、その土地の人と出会うことを楽しんでいますよね。蔵に行くことはそのど真ん中にあるんです。

日常生活では、たとえば味噌を自分で作るのは少しハードルが高いかもしれないけれど、発酵って時間がかかるもの。”待つ楽しみ”があります。なるべく急がなくちゃ、時間を節約しなきゃ、という現代の生活のなかで、発酵にふれているときはゆったりとがいいんじゃないかな、と」

最近は外での仕事が多かったため、しばらくは研究に集中したいと、現在、山籠り中なんだそう。

20180110_hakko_04.jpg

「山梨の自宅の敷地に本格的な発酵ラボをセルフビルドで建てているんです。自分自身の研究によって、何かを言えることができたらな、と思っているんです。でも、春になったらワークショップ、やりますよ!」 

聞けば聞くほど、奥深くて面白い発酵のハナシ。発酵文化に触れる旅や発酵ワークショップを通して、積極的に発酵の世界に飛び込んでみたくなりました。

20180110_hakko_pro.jpg発酵デザイナー 小倉ヒラクさん「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。詳細はこちら

20180110_hakko_bpro1.jpg『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』

小倉ヒラク 著(木楽舎)
大学で文化人類学を学んだ小倉さんが、発酵の面白さに気づき、その深みにどんどんハマっていった経緯が明らかに! 日本のお味噌や日本酒などの「発酵文化」をひもときながら、この地に生きる僕たちのルーツを「ミクロの視点」から捉え直した一冊。

20170110_hakko_bpro02.jpg『おうちでかんたん こうじづくり』(うたっておどってつくれる発酵絵本シリーズ)

小倉ヒラク&コージーズ 著 (農山漁村文化協会)
酵素をたくさんだして、お米や麦、大豆から甘みやうまみをつくりだす。そんなこうじのはたらきや秘密を、歌とアニメとダンスで楽しく紹介。家庭で手軽にできて、使い切れる少量のこうじのつくりかたも、動画と本でくわしく紹介していてわかりやすい!

取材・文/加藤智子

Ranking

RELATED ARTICLES