毎日オフィスでヘトヘトになるまで働いて、夕食が遅いものだから朝は何も食べずにコーヒーを飲むだけ。休日に運動する気力もなく、いつの間にか体重は増え続け、焦って始めたダイエットでまたイライラ......そんな生活、危険です! 京大でいちばん受けたい授業に選ばれたキンニク先生こと京都大学名誉教授 森谷敏夫先生になぜ運動が必要か、筋肉がいかに大事かについてお話を伺いました。運動不足でダイエットを繰り返しているあなた、必見です。

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「将来、要介護になりたくなかったら運動しろ!」

平成26年厚生労働白書によると、男性の平均寿命は79.55歳で女性は86.30歳。対して健康寿命(自分で独立した生活ができて介護が必要ない上限の年齢)の平均は男性70.42歳、女性73.62歳です。この差は、平均で男性は9.13年、女性は12.68年と、およそ10年もの間、病院や施設などで介護されて過ごすことを意味しています
(表1)健康寿命の定義と平均寿命との差(平成26年厚生労働白書)

undo_01.jpg三浦雄一郎さんのお父さん、三浦敬三さんは、亡くなる101歳までスキーヤー、スキー山岳写真家として現役で活躍されました。元気に人生を謳歌して、ある日突然この世を去るというのが理想的。できれば国民全員が老衰で死ねたらこれほどすばらしいことはありません。健康寿命を延ばすことは、本人だけでなく家族にとっても何より幸せなことなのです。


要介護になる原因の1位は、厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、女性は認知症(17.6%)、男性は脳卒中(26.3%)です。中でも女性の場合、関節を痛めてだんだん歩けなくなってしまう関節疾患や骨折・転倒などで要介護になる人が計29.5%。足腰が弱る人の比率は、認知症よりも多くなります。この数字から見ても、単独の認知症や脳卒中以上に足腰が弱ってしまうことが原因で要介護になってしまう人がいかに多いかがわかり、筋肉を鍛えておく必要性がみえてくるかと思います。
(表2)65歳以上の要介護者等の性別に見た介護が必要となった主な原因
内閣府 高齢社会白書 平成27年/厚生労働省「国民生活基礎調査」平成25年)

undo_02.jpgまた、足腰が弱ると認知症になりやすいという調査報告もあります。東京都健康長寿医療センターの報告(2013)では、1000人以上の人を10年以上追跡していますが、男性より筋肉の劣化が早い女性では、歩幅が大きくぐいぐい歩ける人が認知症になった確率を1とすると、普通の歩幅で歩く人は2.4倍、足腰が弱くて歩幅が狭い人は5.8倍もの確率で認知症になりやすいという結果が出ています。歩くスピードを速くすること、つまり筋力を維持することで認知症になるのを回避したり、健康寿命を延伸できる可能性があるのです

「太っている」と「メタボ」は違う!

undo_03.jpg太っている=メタボと勘違いしている人があまりにも多いのですが、太っていることとメタボは違います。メタボリックシンドローム、通称メタボは「代謝異常症候群」といって、代謝が悪くなっている人のこと。脂質の代謝、糖代謝がうまくできていない人のこというのです。皆さんが気にする二の腕やお腹、お尻など手でつかめるところにつくのは「皮下脂肪」で、これは筋肉より外側につくので基本的に体に悪さをしません。問題なのは「内臓脂肪」のほうで、肝臓、腎臓、胃、腸など臓器の周りに直接つくからいたずらしやすいわけです。


たとえば肝臓の周りに脂肪がぎっしりつく「脂肪肝」は、脂肪の圧力で血管が押さえつけられ血流が悪くなって肝臓の細胞が死んでいるという状態です。人間ドックでγ(ガンマ)-GTPの数値が高いと指摘を受けたら、1年ほど禁酒すれば残っている肝臓の細胞が再生しますから、きれいに元の肝臓に戻ります。お酒が好きな人も1年しっかり我慢して、ちゃんと元気な肝臓に戻ってからまた飲めばいい。肝臓だけは再生する臓器なんですから。


脂肪の細胞は生きている間ずっと、なくなることはなく数も変わりません。太ってくるということは1個1個の脂肪に脂がたまってきたということ。脂がたまるとはれ上がってくるので細胞脂肪の周りが炎症を起こします。やけど状態の脂肪細胞から動脈硬化、高血圧、糖尿病を起こす悪玉生理活性物質、さらに脳梗塞、心筋梗塞などを起こすような血栓を作る遺伝子まで出てきてしまう。だから医者は患者に内臓脂肪を減らすよう口うるさく指導するのです。

内臓脂肪が増えるとアルツハイマーにもなりやすい

また、九州大学が実施した久山町住民の15年にわたる追跡調査によると、糖尿病患者はそうでない人に比べてアルツハイマーには4.6倍、ガンには3倍もの高い確率でかかりやすくなることもわかりました(朝日新聞2007年9月2日)。糖尿病がきっかけでアルツハイマーやガンになる可能性が高まること、「内臓脂肪」がどれほど体に悪影響を及ぼすかについては、これで理解していただけるでしょう。


実は、「内臓脂肪」は運動すると非常に取れやすい。つきやすく消費しやすいので、まるでキャッシュカードのようなもの。「皮下脂肪」は残念ながら、一度つくとなかなか取れない定期貯金のようなものですが、ま、そのままにしておいても体に害はありません。相撲取りは激しい稽古をしているので基本的にメタボはいない。相撲取りは太ってはいますが、彼らは皮下脂肪が多いだけで内臓脂肪が多いわけじゃない、メタボじゃないんです。

「痩せたかったら炭水化物を食え!」

undo_04.jpg皆さんは「太ってきたのは食べすぎだから」と思い込み、すぐ食事を減らすダイエットをしますが、これが大きな間違いです。やるべきことは「内臓脂肪を減らす」ことであって、「体重を落とす」ことではありません。逆に「内臓脂肪を減らす」ことができれば、代謝が上がるので体重は自然と減っていき、健康的で美しい体になっていくのです。
「糖質カット」「低炭水化物ダイエット」は、たしかに目先の体重は減りますが、体から水分がなくなっただけで内臓脂肪は残ったまま。こんなダイエットを繰り返しているとろくなことがない。京大で103人の学生に調査しました。BMI(体重kg÷(身長m×身長m))が20くらいのスマートに見える女子学生なのに体脂肪が25~30%(35人)、30%~(16人)を超えている「隠れ肥満」の割合がなんと50%もいたんです。


炭水化物を食べないダイエットをしたら、なぜ体重が減るのか説明しましょう。炭水化物から食物繊維を引いたものが糖質ですが、糖質を摂取すると、筋肉と肝臓にグリコーゲンという形で貯蔵されます。肝臓のグリコーゲンはエネルギー量にすると400キロカロリーほどで時間にすると約8時間で空っぽになってしまいます。たとえ夕食をしっかり食べたとしても翌朝には肝臓のグリコーゲンはほぼなくなっているという状態。脳が活動するには1日400キロカロリー必要で、そのエネルギー源はすべて糖質です。


糖質カットのダイエットをするとどうなるか。肝臓のグリコーゲンが枯渇状態となり、筋肉のグリコーゲンを分解して脳や筋肉のエネルギーを満たすようになる。グリコーゲンは1個の分子に水が4倍結合しているので、筋肉のグリコーゲンが分解されると水が4倍、体から出ていく。そうすると体重だけは減るが、体脂肪はほとんど減らない。挙句の果てには筋肉を分解して脳のエネルギーを生み出す(糖新生)。その結果、筋肉がやせ細るので糖代謝が落ちて脂肪も燃えなくなってしまう。そんな体の人が食事制限をやめればすぐにリバウンドしますし、ダイエットをするたびに筋肉がなくなっていき、より痩せにくい体になっていくという悪循環なのです。

太るのは食べすぎではなく、動かないから

厚生労働省の平成27年国民栄養調査では、20歳以上の男女の1日あたり平均摂取量は1898キロカロリーしかなく、この数値は驚くことに終戦翌年の1930キロカロリーよりも少ない。昭和50年には平均2200キロカロリーも摂取していたのですが、仮に今の日本人が昭和50年と同じ量を食べたら、皆さんは今より20キロ太る。終戦翌年を下回る食事しかしてないのに太るのはなぜか。食べすぎたから太るんじゃない、あまりにも動かないから太るんだ!


世界でいちばん健康状態を管理されているNASAの宇宙飛行士も宇宙に行くと2週間無重力にさらされるので、帰還直後は全員骨粗しょう症になっており、転倒したら骨折しますし、糖尿病の患者さんよりはるかに悪い状態になって帰ってきます。何もしないと地球上では1年で1%の筋肉がなくなりますが、無重力だと1日で1年分の筋肉がなくなる。運動をしないこと、筋肉がなくなることはここまで人体に影響を与えるのです。


宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」にもあるように、昭和の初めまで日本人は1日4合米を食べていた。日本で糖尿病の診断基準ができたのが昭和30年だから、それまでの日本に糖尿病の人はほとんどいなかったということ。甘いものを食べたら糖尿病になるとか、炭水化物をたくさん摂ったから糖尿病になるとか全部間違い。米をたくさん食べたからって糖尿病になるわけがない。動かないから糖尿病になるんです!


1日中動かないから糖が余る。すると膵臓を酷使してインスリンを出して糖代謝しようとしますが、それも間に合わないから血糖値が上がってしまう。反対にずっと歩き回っていると筋肉は3倍エネルギーを使うから血糖値は3倍下がるんです。運動をしないと年齢を重ねるごとに筋肉がなくなっていき、糖代謝が落ちるから糖尿病の患者が増えていく。糖尿病はいわば筋肉の代謝疾患です。

「階段はジムと思え!」

undo_05.jpg今の若い人は運動をほとんどせず、無謀なダイエットを繰り返し、筋肉がどんどんなくなっている人が多すぎます。体重が軽いから動いても骨に負担がかからないし、筋肉から骨の形成を邪魔するミオスタチンというタンパク質がたくさん出るので、筋肉がない人は骨まで弱くなっていくのです。食事制限だけで痩せようとするダイエットは明らかに不健康、時代は健康的な美しさを求めているのです。


とくにこれから子どもを産もうと考えている人は痩せることより筋肉をつけることを考えてください。筋肉のない人が妊娠すると、それまでの運動不足な生活に輪をかけて運動しなくなるから「妊娠糖尿病」にかかりやすくなるのです。産まれてくる子どものためにも、その子どもに将来介護で面倒をかけないためにも妊娠する前から運動して健康な体になっておくことを忘れないでいてください。

立つだけで1.2倍、歩くと3倍エネルギーを消費する

座り続けているときと比べると、立つだけで1.2倍、歩くと3倍のエネルギーを使います。1日中立って生活する人を1とすると、1日のほとんどを座ってすごす人の死亡率は1.54倍(Katzmarzyk, PT. et al. Med. Sci. Sports Exerc.41:998-1005,2009)。座り続けることは健康を損ねて病気になるリスクを自分で高めているのと同じです。アメリカのある会社では、1日8時間労働のうち、4時間は立ってパソコンを使用できる高さまで自動的に机が上がるよう設定しているそうです。そのような対策を始めた会社ではメタボが減り、糖尿病になる人も明らかに少なくなっている。日本人は明らかに座りすぎなんです


健康的に痩せるためにも、将来認知症や糖尿病で寝たきりになって誰かにオムツを変えてもらうようにならないためにも運動すること、筋肉をつけることがいかに重要なことかおわかりいただけたと思います。

駅や会社ではエレベーターやエスカレーターを使わずにできるだけ階段を使う。通勤電車の中では席が空いていても座らず、オフィスでも長時間座りっぱなしで作業せず、30分か1時間に一度は立ち上がって歩く。そう心がけるだけで意識も体も変わってきます。まずは立つこと、歩くことから始めませんか?

文 / 山本千尋
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moriyapfofessor.jpg森谷敏夫(もりたに・としお)先生
1950年、兵庫県生まれ。1980年、南カリフォルニア大学大学院博士課程修了(スポーツ医学、Ph.D.)。テキサス大学、テキサス農工大学大学院助教授、京都大学教養部助教授、カロリンスカ医学研究所国際研究員(スウェーデン政府給費留学)、米国モンタナ大学生命科学部客員教授等を経て1992年、京都大学大学院人間・環境学研究科助教授、2000年から同科教授。2016年から京都大学名誉教授。専門は応用生理学とスポーツ医学で、生活習慣病の温床になる肥満のメカニズムに関する研究や運動ができない人々のための骨格筋電気刺激研究などを精力的に進めている。