射手座は、どういう星座かというと、
一言で言って、「外向け」の星座です。
遠くへ向うのです。

基本的には
自分以外の他者とつきあう
というテーマの中にあるのですが、
射手座は、そのチャネルの持ち方が、とても広いのです。
「話し相手」よりは「聴衆」を前にしてしまったりします。
手紙を書くより出版したくなります。
また、同時に、抽象的になります。
たとえば、心理学より哲学を好む傾向があります。
裁判や法律にも縁が深いと言われます。
なにかこう、高いところからのパースペクティブで判断したい、
という興味のようにも思えます。
だから、小さいことにこだわらないし、執着もしないので、
恋愛では情熱的だけど釣った魚に餌をやらないとか、
そういうやなクセも出てきます。
射手座の強い方々には、結婚願望のない人も多いようです。
素晴らしい知性を持ち、スケールが大きくてたいへんカッコイイ反面、
どうかすると、現実離れした議論の中で周回し始めたりもします。


に興味を持ちますが、雑学を楽しむだけにとどまらないのが射手座です。
ただし、一つのことを極めるタイプかというと、そうでもないようです。
ある分野をかなり突っ込んで、自分なりの解釈をして、
それをひっさげて自然に、全く別の分野に移動できてしまう、
とても長距離なフットワークの良さがあるのです。
基本的にすごく柔軟な姿勢を持っていて
自分に非があれば、すぐにちゃんと認められるおおらかさは、
とても魅力的です。
ときにワイルドで、いつもフランクです。
射手座は、熱狂的な星座、とも言われています。
乙女座とか水瓶座の扱う「理念」はとてもクールなのですが、
射手座の哲学には、どこか情熱が伴っていて、
そのアイデアとか体系、パラダイムに、
なにか情熱的な燃えるものがまつわりついている感じがします。

段階論でいきますと、
同じ火の星座である牡羊座や獅子座と比較してみることができそうです。
牡羊座は、「生命」を肯定している。
獅子座は、「存在」を肯定している。
では、射手座はどうか。
射手座は、もっと広い「存在」をまるごと、
肯定しているる気がします。
広い存在
とはなにか。
人間は、自分単体では存在し得ません。
自分を生んだ人とか、自分を育てた人とか、
自分に食料をくれる人とか、
自分に生きる手段を与える人とか、
働く場所をくれる人、
住む社会を守ってくれる人、
いろんなものを運んでくれる人、
知識を供給してくれる人、
街を作ってくれる人、
遠いところで何かを祈ってくれる人、
遠いところで何かを作ってくれる人、
その人たちを統治してくれている人、
その他諸々。
自分が存在していることを起点に糸をたぐっていくと、
実に多くのことが自分を生かし、人を生かしているわけですね。
射手座は、そとに目を向けます。
それは、自分のことと同様に、肯定されるべきことであり、
理解されるべきことなのです。
自分という存在も、世界という存在も、
ある意味、同じなのです。
切り離してゴリゴリ主張したりぴりぴり色分けしたりするのは、ナンセンスなのです。
貴方がいて、私がいる。
私がいて、貴方がいる。
遠い場所も近い場所である。
私の家は、全世界なのである。
こうして、旅人が誕生します。
自分を発見するにはどうしたらいいか。
自分とこのように密接につながっている世界を旅すれば良いのです。
それは自分を生み出し、自分に意味を与えるものだからです。

射手座は海外に縁の深い星座だと言われています。
多分それは、単に好奇心が旺盛とかそういうことではないのかも。
射手座はとても論理的に、
人間が人間単体で動いているのではないことを承知しているんだと思います。
だから、自然に、外に向かって動いていきたくなる。
もちろん、書斎人の射手座もいます。
でも、そのひとの精神や書棚には、
ものすごい遠方まで航路の延びた世界が広がっているモノと思われます。
物理的座標はもとより、時間軸まで飛び越えるチカラが、射手座にはあります。

人間は「考える」生き物です。
考えるときって、
頭の中で複数人が議論したり討論したりしているイメージがあります。
射手座にとっては、
自分の頭のなかが広く外に向かって広がっているような面があります。
なので、
考える
行為が、そのまま自然に発信行為になっていることもしばしばです。
人に伝えることは、
自分
という範囲がくっきりしている人にとっては、
かなりストレスとプレッシャーをともないますが、
射手座にとってはまったくストレスがなかったりする。
「他人様」に「オレ様」の考えを伝えている!という感覚がなかったりするのです。
思ったことを頭の中で自分会議していることと、
記事を書いて世界に発信することが、
たいして差がない
と思えるのが、射手座のおもしろさです。
だからときどき、
うっかりすごいこと言ってしまって後悔したりすることもあります。
肯定している範囲がとっても広いので、
ついそんなことになってしまうのかもしれません。

射手座の意識は広がりを持っているので、
具体的な対象に注力しにくいという面もあります。
おもしろいねおもしろいね!なるほどね!、、、じゃ、つぎいってみよう!
というふうに、情報が
射手座の男性について
「釣った魚にえさはやらない」
と形容することが多いのですが、
まさにそんな感じです。
この魚もあの魚も個別におもしろいけど、
やっぱ魚は、魚じゃん
という観念論が染みついてしまっていることが多いのです。
この人の中に特有の宇宙がある
というよりは、
このひとは宇宙の中では、女だということになっている
という理解の仕方になってしまうのです。
相手をどう個別化するかというより、
相手を全体の抽象化のためにどう使うか、に焦点が合ってしまうと、
ちょっと問題がおこりやすくなります。
射手座については、女性にも同じことが言えます。
目移りしやすいハンターである
ことから、抜け出すか抜け出さないか、
どちらが射手座の本当の幸せなのかは、
ちょっとわからないところかもしれません。