牡羊座。
星占いでは、12星座の最初に位置する星座です。

牡羊座をイメージするとき、私はしばしば、
アスリートの例を引き合いに出します。
トップを走るスポーツの選手たちはえてして、
とても研究熱心だと言われます。
相手のデータや試合のパターンなど、多くの情報を集め
頭の中に膨大なデータベースを作っているそうです。
ですが、試合の土壇場で
そんなデータベースをいちいち検索して計算することは
ほとんどできません。
目もくらむほどのスピードや激しい駆け引きの中、
状況を瞬間的に察知し、瞬間的に決断しなければならないからです。
思考の迷路をたどるヒマなどナイのです。
そんなとき、彼らは、瞬間的に判断を行います。

そんなふうに瞬間的に、何も考えずに判断するなら、
そんなデータベースは必要ないじゃないか
ということにはなりません。
そのデータがあってこそ、この「瞬間的判断」が可能になります。
牡羊座に内蔵されているのは、このようなスピードなのです。

また、牡羊座をイメージするとき、「やじるし」が思い浮かびます。
シンボルとしてのやじるしのかたちは、むしろ射手座のものですが、
射手座のやじるしは、道具のイメージが強いのです。
一方、
牡羊座を思うときのやじるしは、
「そのひと自身」という気がします。
自分自身がどこかへ向かうひとつのチカラなのです。
人間の人生の段階と12星座をなぞらえる言い方で言いますと、
牡羊座は、
生まれたばかり
の状態です。
新しく生まれた、全く新しい自分がいて、
外に世界が広がっている。
ここで、生きていくことをしなければならない。

しかしです。
全くの始まり、とはいえ、
その前はどうなってたのだろう、とどうしても思えます。
宇宙はビッグバンから始まった。
人生はおぎゃあから始まった。
そういわれたとき、人は、
そのまえは?
と、つい、問いかけてしまいます。
牡羊座の前には、なにがあるのか。
それは、魚座です。
ひとつの人生、ひとつの宇宙の完成の段階を表す、魚座です。

牡羊座のしくみというのは、
まったくのゼロ、スタート地点、なんにもなし、
ただなにかわけのわからないパワーのみ
というわけではありません。
私は、前世とか来世とか天国とか地獄とかを信仰してはいないんですが、
そんなものがあるのかどうかわからないんですが、
でも、
なぜか、誰も見たことがないはずなのに、
それが「ある」と言われているのは、おもしろいことだと思います。
多分、それは、あるのかもしれません。
そして、たとえば「前世」があるとすれば、
それはひとつの「忘れられた体験」であるわけです。
牡羊座のひとつ前の星座である魚座は、
過去
を扱うとも言われています。
ひとつの星座は、そのひとつ前の星座の「体験」をもとにした、
あたらしい段階として成り立っているとも言われます。
牡羊座の前の段階、それは、
ひとつ前の人生の終末なのかもしれません。
人が一人の個人として生まれ、
五感を使って世界を発見し、
他者を発見し、
他者の集まりである集団を発見し、
その集団の中の自分自身を発見し、
全体の中に位置する自分という個性を見いだし、
さらに、他者と自分との間の、あってないような境界の意味を見いだし、
そして、ひとつの人生が完結します。
完結したあと。
ここで、牡羊座がやってくるのです。

牡羊座は、新しいスタートの星座です。
生命力と活気に満ち、
ウソもとりつくろいもない、生命力をてらいなく称揚する、
輝くようなパワーを持っています。
自分自身が自分自身として生きることに歓びを感じますし、
この世界と堂々渡り合っていく勇気と根性を持ち合わせています。
あたたかい心とさわやかな正義に満ち、
複雑な論理に迷い込んで正しい生き方を見失ったりしません。
ときどきとっても単純ですが、全く悪意はありません。
人間にとって「経験」は、
ときどきとても偏った確信を導き出すキケンを秘めていますが、
牡羊座は現実の中で生きているので、
観念論には振り回されません。
経験ベースで体得したことでも、今直面した現実がそれに反すれば、
すぐに認識の方を修正できる自由さがあります。
なぜそんなことができるかというと、簡単です。
彼らには、過去はそんなに大事ではないのです。
生まれたばかりの赤ん坊の前には、常に生き抜いて行かねばならない未来だけがひろがっていて、
過去の自分に拘泥して身動きとれなくなるなんて、ナンセンスなのです。

どうしてそんなことができるのか。
それは、多分、牡羊座の中に全く記憶がないからではなく、
意識の上で操作することができる以外の、
なにか特別な「記憶」があるからではないかとおもうのです。
体の中にしみこんだ、ある「しくみ」みたいなもの。
記憶されたことではなく、訓練されたこと。
牡羊座は、データのような明示的記憶をため込むのではなく、
体験のなかから抽出したなにかを自分の体の中に織り込んでしまい、
自分の一部として取り込み、
あとは忘れてしまっている人たちなのかもしれない、とおもうのです。
たとえば、前世があったとして。
それは昨年の今日の食事みたいなモノかもしれないと思います。
確かにそれを食べていて、
その食事からできあがった細胞があります。
でも、その食事自体については、もう完全に忘れてしまっているわけです。

牡羊座の自信や意欲は、
からっぽのまっさらなところからでてくるたんなるワガママではない
という気がいつも、するのです。
単純明快、直情径行、ポジティブでスポーツ好き、明るいだけがとりえ、
みたいな言い方をされることもある牡羊座ですが、
そんなからっぽなことでは、ないのではないでしょうか。
実は、その前に。ものすごく積み上げられた体験がある。
でも、今この人生においては、
それら具体的記憶なんか、ぜんぜんアテにならないのです。
目の前には、いつも新しい状況が広がっている、
自分はそこへ、徒手空拳でいどんでいくしかない。
そういう、思い切りがあります。
しかし、実際は、その徒手空拳、何でできているかというと、
多分その前に幾重にも重厚に積み重ねられてきた過去による、
可能性とエネルギーとアイデアに満ちた筋肉でできているのではないか。
そんなふうにおもえるのです。

牡羊座の支配星は、火星です。
火星は、戦いの星といわれます。
自分の意志を世界にうちだすためには、
他者との摩擦がでてきます。
ひるがえしていえば、自分が生きていくことをそんなにも明らかに肯定できるのです。
獅子座の自己肯定は、なんとなく、「存在」というイメージがあります。
でも、牡羊座の肯定は、
生きていることそのもの
の肯定であるという気がします。
気が向いた方へ、おもしろそうな方へ、強そうな方へ、優れた方へ、
牡羊座の意識は、常に外に向かっています。
その土台には、自分の生きていることへの深い肯定と歓びがあるのです。

やじるし、ベクトルのイメージですから、
ひとたび行き先を見失うと、
とたんにしゅんとなってしまうのが、牡羊座の弱点です。
新しい世界に立たされた状態が一番燃えるのですが、
世界が見慣れたみすぼらしいモノになったり、
新しく開くべきドアを見失ったりすると、
とたんに元気がなくなり、そのあふれる生命力をどこへ注いだらよいか、
途方に暮れてしまいます。
水がどんどんでているのに、ホースの出口をふさいでしまったような状態になり、
ぐるぐる暴れて、ホースの横っ腹が裂けて、
あらぬ方向に水を噴き上げて他人を困らせたりすることもあります。
元気に進んでいたのにとつぜん壁に突き当たると、とたんに、
こんな方向に進みたかったんじゃない!
とか言い出しちゃうこともあります。
生きていることは基本的にイイコトなので、
極端にナアマケモノになったり、楽観的になったりする場合もあります。
前向きにどんどん進んでいくために、
それをサポートしてくれる周囲の手には無頓着になることもあります。
甘えっ子もたくさんいるのが牡羊座。
肯定的であることは、ひるがえせば、
自己反省のない、無神経な面を生んでしまうこともあるのです。
こういう弱さは、牡羊座にとって、
自分で発見するのがちょっと難しいので、たちが悪いのです。
でも、いったんそのことに気付くと、
それまでまったくうまくいかなかったことが、
とつぜんがちがち歯車がかみ合ってうまく回り出す、
ということもあるようです。
それは、反応が早いからです。
原因に気がつくと、すぐにどうすればいいかがわかります。
そして、方針や態度を変更することに、まったく抵抗がないのです。
現実が要求することの意味を、牡羊座は誰よりもよくわかっています。
なぜなら、生きていくことはすばらしいと同時に、
それだけ、シビアな容赦ないことであることを知っているからです。
正しいこと、気付くべきことにせっかくつきあたったのに、
こだわりや恥ずかしさでもやもやしている暇はないのです。
牡羊座の素直さや単純さは、
実は、「生きていくこと」への正当な危機感の現れでもあるのだとおもいます。
生きていくのは、大変なのです。
だからこそ、すばらしく、うつくしく、楽しいのです。
がんばる価値があり、戦う理由があります。

生きている
という現実について、現代人は懐疑的になりましたし、
その価値はひどくおとしめられています。
資本主義社会は、お金を持っている人が勝ちだということになっています。
私は共産主義はすきではないですが、
今のこの、コマーシャリズムに、金銭に支配されたマスコミについては、
恐怖に似たものを感じています。
この、携帯だ、デジカメだ、車だパソコンだマンションだと、
なにもかもにあおりまくられている世の中で、
なんの病気にもならずに適応できている人を見ると、不思議で仕方がない
というようなつげ義春のコメントをこないだ読みましたが、
まったく大賛成です。
生きていることはお金がかかるので、
生きていること自体も、否定的に考えられることがあるように思います。
自分がごはんをたべることが、
どうもなっとくいかない。
そういう病気が蔓延してさえいる社会です。
そんななかで、牡羊座のこの「生きていることの肯定」というパワー、
なんてすばらしいんだろう、とおもいます。
お金よりなにより、まず生きているのです。
生きていて、生きていく。
これがまずスタートであり、結論でもある。
牡羊座は、そういう仕組みを持った星座なんじゃないかと思います。