女性の美と健康のためのアンチエイジングコースも!
仲居さんの案内で部屋に入ると、和風で民芸調の行灯など民芸品の調度品や品良く配置されていた。
ベッドに布団が二つ並んでいるのを見て、ドキッとなる。
今夜、彼と―――
それは二人にとって新しい春が到来することになる。
少し照れて彼の顔を覗き込むと、また沈み込んでいる。
「水島さん」と呼んでも上の空で、何だかとても変だ。
夕食の時間になった。
あまご、鮎、鯉など川の幸を素材にした料理や朴葉味噌、飛騨牛、飛騨蕎麦と飛騨の豊かな山々と澄んだ川に恵まれた自慢の料理が並ぶ。
私は料理長自慢の黒胡麻、黒豆、黒米、昆布、黒砂糖など女性の健康と美のためのアンチエイジング懐石を期待していたのに
飛騨牛ととれたて原木椎茸の炭火焼プランだった。
「どうしてアンチエイジングじゃないの?」
「飛騨牛を食べたかったんだよ」
と彼は焼いた飛騨牛を豪快に食べ、私は原木椎茸の歯ごたえの良さがすっかり気に入った。
「原木栽培」とは昔ながらの手間ひまかけて栽培する方法だそうで、オーガニック感覚も取り入れているメニューに、料理長のこだわりを感じてしまう。
「料理長は良い仕事をしているね」と彼。
家具職人として生きてきた彼の人生がキラリと光った瞬間。
「尊敬しています」と私。
すると彼は照れてしまって「真由美に褒められると弱いなあ」と頭をかく。
そういう仕草も可愛い。
一人露天風呂でくつろぐ大人の女の時間
食事が終わって温泉の仕度をしようとすると、また彼の沈んだ顔。
「どうしたの?何かあったの?」
私は彼の真正面に座って、彼の手をとった。
「隠さないで、ちゃんと話をして」
と催促する私に、とうとう彼も根負けをして
「実は…」とその理由を話し出した。
小川屋へ向かう前に、別れた奥さんから子供が怪我をしたという知らせが入ったのだ。
東京に戻るか、どうするか、悩んでいるのだという。
「それなら、すぐ帰ってあげて。別れても子どもは子どもよ。お父さんの顔が見たいのよ」
彼は「ゴメン。せっかくの休暇だったのに」と謝る。そんな彼を私は玄関口で送った。
そして一人で地下の温泉へ向かった。
夜の露天風呂では、明かりと湯けむりが神秘的な色のハーモニーをかもし出していた。
飛騨川のせせらぎに耳を傾けながら湯船の中で思い切り手足を伸ばし、下呂の夜景を眺めていると、さっきまで「彼がここにいない」という淋しさからゆっくりと解放されていく。
不思議な感覚だった。
郷愁に誘われて、懐かしい子ども時代を思い出したからかもしれない。
部屋へ戻って、一人でお酒を呑んだ。
淋しくても、好きな男のために我慢する。
それは大人の女の証しのような気がする。
来月28歳のバースディを迎えることを思い出したときに、彼から電話が。
「子供は大丈夫だ。これからレンタカーを借りてそっちへ帰る。一晩中運転してでも、早く君に逢いたい」。
42歳の彼なのに、情熱はまるで青年のよう。
「待っているわ。気をつけてね」
私の声もまるで少女のように弾んでいた。
(テキスト/夏目かをる)
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