2011.03.15
応援メッセージ:岡村貴子より
東日本大地震が起き、災害にあわれた方、そして離れた場所で安否を気遣う方、テレビやラジオで状況を知り、不安を抱えたまま今を過ごしている方、たくさんいらっしゃると思います。
地震が起きた時、私は9階のオフィスにいました。
東京ではよくあるいつもの揺れだろうと避難の態勢は全くとらず、窓から外を見たり、倒れようとするライトなどを手で押さえたりと、状況がうまく把握できておらず冷静でした。周りにいた人に促されるまま机の下に身をかがめましたが、起きていることが夢のようでポカンとしていたようです。
お皿が割れガラスがはじける音がしてやっと我に返った気がします。
本当の恐怖というのは、その最中にいるときはあまり感じることができないものです。そして、その恐怖の源は突然やってきて、あっという間に取り返しのつかない状態にさまざまなものを変化させます。
被災地となった町や村、景色、人々、自然、なにもかも変わりました。私自身も事実の一つひとつを受け止めるたび、自分の内なる変化を感じています。
世の中にある「あたり前の」という言葉が、どれほど恵まれていて贅沢なものであるか。食べ物や水、安全な場所、安心して眠れる環境、信頼できる人の存在、欲しいものが買えるお金とそれを提供してくれるサービス、そして深呼吸できる新鮮な空気…。私たちの生活には、どれほど感謝すべきことが溢れているかをあらためて知らされた気がします。
現在、東京にいる私にとって本当にできることとは何か、ずっと模索しています。
テレビを見ていると今にも家を飛び出して持てるだけの食糧と水と毛布、服、女性のための必要物資を運びたい衝動に駆られます。ですが、プロの知識も経験もない私が行っても足手まといなうえ、きっと邪魔で何もできないでしょう。被災地は私達の想像を絶する状況にあり、思わず足がすくんでしまうと思います。
オーガニックで現地で役立てそうなものを考えましたが、それはこちらが勝手に「与えたい」と思うものにすぎず、本当に被災地の皆さんが欲しているものではないと気づきました。
この状況で私が何かをするより、信頼できる方々が主催する募金や活動を応援した方が、被災地の方々のためになるのではないかと考えています。
そして目が離せない福島原発の状況。自分自身の身を守るための正しい情報収集も必要です。テレビやラジオだけでなく、Ustreamやツイッターなど信用できる方々が発信しているものをチェックすることも大切です。
刻一刻と変わる状況に一喜一憂していても、精神が疲れてしまいます。程よい緊張感を持ちつつ、こんな時こそ、自分の人生やこれからの未来に本当に大事なものとは何かを問いかける時間を持つことも、1つの過ごし方かもしれません。
私も昨日までは文章を書くことに抵抗があり、言葉の重みや大切さを知っている分、こうやって書いている今も少し戸惑いがあります。
どうぞみなさん、ただの災害だと投げやりにならず、自分の人生で一度起こるか起らないかのこの天災になにか意味を感じ、状況を真摯に受け止めてみてください。そして何か思いついたり、気づきがあったらぜひ、共有してください。同じような気持ちを持っている多くの方々に新しい光をさしてあげてほしいです。





































































