ローハスピープルの素顔とリアルで使える情報が満載のMYLOHAS限定オリジナルブログ
ミュージシャン。'91年デビュー以降、国内外問わず数々の作品を発表、'98、'99全米ツアーも行う。NHKFMのパーソナリティー、連載コラムや映画コメント執筆、字幕監修なども手掛ける。近年、菊地成孔氏や大友良英氏らのセッションにも参加し話題に。'06年に映像作品「kochab」とアルバム「NUNKI」をリリース。'07年2月のツアーを皮切りに全国各所でのフェスやイベントに出演。7月にはライブDVD, 数々のアーティストと共演した楽曲を収録したコンピレーションアルバムをリリースする。
http://www.kahimi-karie.com
2008.05.12
’70年代の女性アーティスト
先日、kurku kitchen(クルック キッチン)という素敵なレストランでお食事をしました。新鮮ですごく美味しい野菜やお肉を、薪や炭などを使って丁寧に作られた料理が頂けるお店で、2階には選りすぐりの生活雑貨や植物などを扱ったストアもあり、ついつい長く時間を過ごしてしまいそうな、とっても居心地の良いお店でした。
カゴが沢山おいてあるというストアが気になって、待ち合わせの時間よりも少し早く出向いたのですが、その隣にあるギャラリーでは、Alicia Bay Laurel(アリシア・ベイ・ローレル)さんという方の展覧会を開催していて、しかも今日は偶然そのオープニングで、これから彼女のミニライブがあるのだそう。
そんな話を聞いているうちに早速ライブは始まり、何だか吸い込まれるように彼女のギターの音に惹かれ、カゴを見に来たこともつい忘れて、レストランの予約の時間が来るまでぎりぎり、彼女の演奏に聴き入ってしまいました。
そんな偶然の機会でアリシアさんを知ったのですが、彼女の絵や演奏にちらりと触れただけでも何かとても興味深く感じたので、早くここに来てラッキーだったなぁと思いました。さっそく購入したCDに彼女のプロフィールを見つけたので、少し紹介しますね。
Alicia Bay Laurel ”music from living On the earth"
lアリシア・ベイ・ローレルさんは「地球の上に生きる」の著者で、1949年、ロスアンジェルス生まれ。ハイスクールを卒業すると、アメリカをヒッチハイクで旅して廻ったのち、北カリフォルニアにあるウィラーズ・ランチというコミューンに参加しました。
ウィラズ・ランチは、ランドスケープ・アーティストのビル・ヴィラーズが持つ森を舞台に、広大な土地に100人ほどが畑を作り、牛や馬、鳥を飼い、電気も水道もない中で自由な暮らしを行なっていたといいます。人や物を損なわないという考え方、そして非暴力主義の信条に同調できる人ならば、誰でも参加出来ると表明し、拒む事なく多くの人々を迎え入れたと同時に、もちろん暮らしは容易なことばかりではなかったとも伝えられています。
アリシアさんがこのウィラーズ・カンチで学んだ生活の知恵をまとめたものが、「地球の上に生きる」という本です。当初は新たにランチに参加する人のためのささやかな冊子だったものが、ヒッピーのバイブルといわれている「Whole Earth Catalogue」を創刊したスチュワートブランドの目にとまり、彼に紹介された出版社から刊行され、そして広く知られることとなったのだそう。自身の手書きによる文字と素朴な絵を、一冊のスケチブックにまとめたような装丁で、そうした趣向は日本での翻訳書においても守られています。

アリシア・ベイ・ローレル「地球の上に生きる」
私も購入した日本語翻訳書の帯には、「この本にしるされたことを、かたっぱしから自分の手で試したい、せめて試すことを夢見たい。それだけでも私の人生はきっと根本から変るだろう」という、谷川俊太郎さんのコピーがついていました。
ヒッピーのコミュニティーというと、ドラッグや宗教などが混ぜこぜになって段々よじれてしまったという様な、偏った70年代のイメージもあって、少し構えてしまうところがあるのですが、実際のところはどんな感じだったのかなぁと、初めて具体的に想像してみるきっかけになりました。アリシアさんの音楽や著書はとてもとても素朴で、優しくいい感じで、あっという間に惹かれてしまいました。
せっかくなので、アリシアさんの音楽にもつながるような2枚のアルバムを紹介しますね。Linda Perhacsの”Parallelograms” 、それから、Vashti Bunyanの”Just Another Diamond Day”です。2枚とも1970年にリリースされ、数年前に再びリリースされた女性アーティストの作品です。3枚とも大変素晴らしいので、良かったら聴いてみてくださいね。では!

左:Linda Perhacs”Parallelograms”
右: Vashti Bunyan”Just Another Diamond Day”
皆さんはコーヒー派とお茶派、どちらでしょうか?
イタリアンの後の濃いエスプレッソや、寒い野外で飲む甘いカフェオレは本当においしい!
でも、やっぱり私は断然、お茶派です。朝の目覚めから夜眠る前まで、一日に数種類のお茶を毎日飲んでいるからです。
アールグレイにジャスミン、ミント、ローズヒップ、緑茶、番茶やソバ茶、柿の葉、ウコン・・・気付くとすぐにお茶を買ってしまって、家に何種類位あるのか分からないくらいになってしまいます。
最近頂いたお茶で感動したのは、サンタ・マリア・ノヴェッラのハーブ・ティーで、
美味しさはもちろん、茶筒がリバティー模様ですごく可愛い!こんなに素敵なお茶筒はなかなか見つからないので、他の柄も揃えたいなと思っています。
さて、お茶といえばティーポットですが、これはお茶のように簡単に集める訳にはいきません。でも世界中には面白いポットが沢山あるので、時々お店やインターネットなどで探しては、ただ見つけるだけで何だか幸せな気分になります。
今憧れているポットは、Carol Mcnicholl作のものです。一見、簡単に触ってはいけないアートのような雰囲気がありますが、作者は普段使いをしてほしいと思い、作ったそう。こんなポットがテーブルの上にポンと無造作に置いてあったら、いつもの部屋が数段、素敵に見える事でしょう。
次は、CHINZ模様のアンティークのもの。これはイギリスのオークションで見つけたもので、途中まで参加していたのですが高くなりすぎて諦めたポットです。手書きの花柄がありそうでない感じ。これから夏に向かって、外でお茶するのが気持ち良い季節になっていきますが、こんなポットでお茶を入れたら本当に美味しそうです。

その他にも、木の上でのんびりしている黄色いライオンのポット(Roger Michel作)だとか、ホースの上に止まった赤い小鳥のポット(Tony Carter作)、小石を重ねたモチーフの不思議なポット(Barbara Frey作、作者も雰囲気がある方です)などなど、一目惚れしてしまうポットは多く、きりがありません。

ちなみに、探していると、たまにこんな凄いポットもあります。お湯が入れられないキルトのポットに、小ポットの噴水。ポットの植物。そして家のポット、ではなく、ポットの家まで!本気でポットにはまってしまったら、こんな事になるのでしょうか。それもまぁ呑気でいい感じ。。

最後に、私が愛用しているポットは、アメ釉が渋い土楽窯のものです。直火でグツグツとお茶と煎じる事も出来る、超質実剛健な土瓶です。頼もしい友達のようなポットです。

さてと。お茶でもしますか。
子供の頃、家で定期購読していた「暮らしの手帳」にお気に入りの連載がありました。ロシアの有名な教育者、ニキーチン夫妻の独特の子育てを綴ったものです。
ふと、それを思い出してインターネットで検索したところ、当時出版された著書が数冊見つかったので、取り寄せてみました。私自体も子供だった為、興味を持った部分などあまり定かではなかったのですが、20年以上も前の本だというのに、今読んでもまったく色褪せていない部分が多く、大変興味深かったです。
モスクワの郊外に住むニキーチン夫妻は、最初の子を育てるうちに、赤ん坊は世間で言われているよりずっと多くの事ができることに気が付きます。現代の過保護すぎる生活が人間の可能性を狭めているのでは・・と考えた夫妻は、当時の常識にとらわれずに、自由な発想で独自の育児を作り上げていきます。
例えば、家の中に運動具を取り付けて、ジムのようにロープにぶら下がったり飛び降りたり出来るようにしたり、工作台を置いて、大工道具や積み木、粘土やダンボール、また普通は危ないものだと思われるマッチや針なども遠ざけず、身短に置いて危険を教えたり。モスクアの雪降る寒い戸外に裸で連れ出して、体から湯気が出るほど遊ばせたり・・。
初め、世間はあまりに常識とはかけ離れた二人の育児法に驚き、猛烈な非難を浴びせるのですが、60年代につぎつぎに生まれた子供達が、正確もよく健康に聡明に育つにつれて観方を変えて行きます。当時、イデオロギーにとらわれない、説得力ある実証主義で多くの親達の共感を集めていた、子育ての記録書です。
当時のニキーチン婦人の母親日記も出版されていて、7人の子供が成人になり結婚をして自ら子供を持つようになった今、両親の育て方をどう思っているかなどのインタビューも載っているのですが、それもとても面白かったです。反面教師的な部分や受け継がれた部分、親子の絆などがとても素直に書かれていて、大きな家族の愛を感じる本でした。
子育てというものには完璧や理想的なものなどはなく、どれも一長一短でありながら、それでもやはり試行錯誤をかさね育てていく大切さ、を感じました。人間の可能性などを考えたりなど、子供がいない人が読んでも、十分に面白い本です。当時の私は10歳くらいだったと思うのですが、今記憶に残っている程、面白かったです。
人間の本当に大切な部分というのは何時の時代でも変わらず、やはり同じなのだと思います。ちなみに、昔の料理本を読むのも好きなのですが、それもやっぱり、“美味しい料理”はずっと色褪せず、昔も今も美味しいご飯はいっしょなんだと思うと幸せな気持ちになるからです!
カヒミカリィ
先日我が家に遊びに来た小さなお客は、
新しい漢字を作るのが趣味のチビッコ博士でした。
今日は日曜日。朝早く散歩に出かけると、まだ人影はなくて空気も静かなままです。ただ、この春の日差しと昨夜の雨に濡れて、どんどん成長していく近所の木々だけが、すっきり目を覚ましているような感じがします。
愛犬ゴメスが気に入っている、いくつかの散歩コースを毎日繰り返し歩いていると、無意識に気になる家や場所が出来るのですが、ただ本当に何となくなので、今まで写真を撮ろうと思った事がなかったのです。でも今朝は少し、そこら辺を意識してみながら歩くことにしました。
こうやって自分で撮った写真を観てみると、住人が大切にしていながらも何だか雑に育ってしまった、ちょっとはみ出し気味の植物とその家、のようなものが気になっているようです。
ガーデニングの写真集やインテリア雑誌の庭特集にはとうてい載りそうにもない、でも普通な感じでもない、この絶妙な感じが面白いなぁと思います。ぎりぎりバランスが取れていなくて、少しポンと押したら大変なことになりそうな雰囲気は、同時にのんきな風貌をしていて、ひとまとまりで見ていると、ちょっとした街角のトトロのようで、ざわざわと動き出しそう・・。
一本道を挟むと向こう側には見事な桜並木があって、足下に可愛らしいスイセンやスズランをたくさん飾り、満面(開)の笑みをたたえています。道行く人々を今日一日、楽しませてくれる事でしょう。それに引き換えこのモジャモジャ達は・・!
でも本当は皆気付いていないだけで、やっぱり桜よりも愛されているんだろうなぁと思いました。なくなってしまったら、きっとポツンと寂しくなってしまうような、ただの何気ない風景。
せっかく桜が満開なのに、今日も雨が降りそう・・そう思って空を見上げたら、たるんだ電線に小さな鳥が2羽寄り添っていました。そしてまた、なんだかいいな、と思いました。
先日、ニコラス・ゲイハルター監督の「いのちの食べかた」というドキュメンタリー映画を観に行きました。この作品はタイトル通り、私が日々食している肉や野菜がどのように育てられ、どうやって私達のもとへ運ばれているか、という、「食物」を産み出している現場の数々を描いたドキュメンタリーです。
野菜や魚が私達の食卓まで運ばれる様子は、テレビや雑誌などで取り上げられる事もありますが、やはり農薬や消毒液などを散布するシーンなどはイメージが良くない為、放送される事はほとんどありませんし、食肉に関しては、特に屠殺の現場など残酷な映像が多いため、私達が観る機会はほとんどないといって良いでしょう。牛乳やヨーグルトのコマーシャルでは、ピンクのリボンを付けた可愛い牛ちゃんが、さわやかな牧場でダンスを踊っていたりするけれど・・!
この作品はそういった、普段私達が密接に関係していながら意識的に、また無意識的にも避けている出来事を、包み隠さず目前にポンと提示しています。
「いのちの食べかた」には、ナレーションもインタビューも音楽も入っていません。ただ淡々と事実だけを撮影し、編集されています。カメラはその現場をシンメトリーに美しく捉えていて、なのでそこには強いメッセージよりも私達のこの世界の、現実の切り取り方のような事が、もっと手前にドンと置かれていました。シンプルすぎるくらい説明が入っていない作品なので、多分、観る人によってこの作品から受ける印象や捉え方はけっこう様々なのではないかと思いました。
例えば・・動物虐待について考え、もう肉は食べられない!と思う人、すべての食料や商品などの生産の仕方について淡々と考える人、また、現代人の健康や価値観を黙々と思う人などです。けれど、様々な感想の中でも多分共通するのは、とにかく全ての生き物が他の命から命をもらい生きている、という事を実感する作品であるだろう、という事でした。
環境問題から私達の食卓まで、大きく感じる問題と日々の個人的な小さな現実は、本当は直結しています。けれど、沢山の人々はそれを実感する事がなかなかできなかったり、どうにかしないといけないのかな、と思っていても、多かれ少なかれ、個人が今の環境や昔から慣れ親しんだ習慣を変えるのは無理だと思ってしまっています。
この作品は、そういう私達にまさに必要な作品なのではないかと思いました。これを観る以前と以後では何かが確実に変わる、そんな強力な作品でした。
最近ハマって、毎晩寝る前に観ているDVDがあります。イギリスの公共放送局、BBCで制作された"THE PRIVATE LIFE OF PLANTS"です。
このDVDは、動物学者、植物学者、プロデューサー、そして作家でもあるデビッド・アッテンボローが、BBCの自然班と共に作ったドキュメンタリー。世界中の植物の秘密、不思議さ、美しさ、面白さ、素晴らしさが、ギューっと詰まった、大変見応えのある作品です。
特殊なカメラで時間をかけて丁寧に撮られた映像は、精密にCGで作られたファンタジー映画よりも断然、非現実的に感じるくらいファンタジックでカラフルで、子供の頃におとぎ話の世界に迷い込んだ、あの感覚が蘇ります。そして、人間が長い歴史の中で発見し作り上げた、科学やアート、音楽、運動・・すべてのものが、何千年も前から、ここに既にポンと置かれていたような、そんな事を考えさせる作品なのです。
この作品の魅力はもう一つ、プロデューサーのデヴィッド自身がガイドをしながら映像が進んでいくのですが、彼の熱心さ、夢中さがとても魅力的で、観ている人が思わず引き込まれてしまうという事。本国イギリスではとても有名な方ですが、それも本人自身の魅力も関係しているはず・・なんだか、途中から植物よりも彼が観たくなっているような・・ちょっとした恋をしてしまったような気分になってしまうのです。
時々取材などで、自分が憧れる女性像、好みの男性像などを聞かれる事がありますが、考えてみると私の好みは昔から、みな渋い年配の方ばかりだなぁと思うのですが・・やはり人生という年輪を重ねて初めて出来上がる魅力は、無敵だなぁと思います。
好みの男性は?と聞かれて、挙げたいけれど知らない方が多いので挙げない、という方が何人かいます。その中でも特に挙げたいのは、高橋延清さんと宮脇昭さんです。
高橋延清さんは森林学者で、森林がもつ木材生産の経済性と環境保全の公益性を両立・発展させるための、森林施業法を研究・発展させた方。東京大学名誉教授でありながら、教壇に立つ事はほとんどなく、いつも泥まみれで森の中を歩く姿から、”どろ亀さん”と呼ばれていて、いつも赤いチロリアンハットをかぶって、森の動物達と同じ目線で生きておられた、ものすごく素敵な方です。
宮脇昭さんは、国内外で土地本来の潜在自然植生の木群を中心に、その森を構成している多数の種類の樹種を混ぜて植樹する「混植・密植型植樹」を提唱し活動している、生態学者です。NHKで、「日本一多くの木と植えた男」というタイトルで特集されているので、知っている方もいると思います。1990年代の半ばに始まった熱帯雨林再生プロジェクトに参加し、マレーシアでは、根が充満したポット苗を植樹する方法で、再生不可能とまでいわれている熱帯雨林の再生に成功しておられます。
デヴィットさん、どろ亀さん、そして宮脇さんの共通点は、どろんこ遊びをして夢中になっている小さな男の子のようなニコニコ笑顔、そして、とても専門的な分野の話を、誰でも理解が出来るように説明して興味を持たせてしまう事ができる、ユーモアと知性を持っている、という事でしょうか。彼らの姿を見ていると、私の体のなかに大きなエネルギーが生まれてくるのを感じます。とてもワクワクしてくるのです!
子供の頃からの私の一番長い趣味は料理です。両親が共働きで忙しい上に、小さな妹や弟がいたので、物心付いた頃から包丁を片手に、何か作るのが大好きになっていました。
“ごちそうさまが、ききたくて”という、栗原はるみさんが書かれた美味しい料理本がありますが、本当に良いタイトルだなぁと思います。私も、自分で美味しいものが食べたいというより、子供ながらに「ごちそうさま!」が聞きたくて料理が好きになったのだと思います。
親が定期購読してくれていたNHKの「きょうの料理」が私の料理の先生で、初めてそれを見ながら作ったのは、ケーキでもハンバーグでもなく、渋いことに煮魚でした。小学校の帰り道に「今日は夕飯、な〜ににしようかな〜♪」と八百屋や魚屋に行くのが楽しみな、赤いランドセルに背負われた、背伸びな子供でした。人にご飯を作るのが幸せを感じる瞬間の一つだというのは、今でもやっぱり変わりません。
普段は殆ど菜食でシンプルな料理をしているので、人が来る時にはここぞとばかり、お野菜はもちろん、お肉や魚や色んなものをかき集めて、ワイワイ沢山作る事が多いのですが、そういうのでもなく、仲良しの友達がふらりと家に遊びにやって来て、まったりおしゃべりをしているうちに、何だかお腹が空いてきたねー、という事があります。そういう時に作る適当メニューなのですが、”どうやって作るの〜?”と、とても好評なレシピがあるので紹介しますね。
もともと私用に出来たレシピなのでベジタリアン・メニューなのですが、野菜だけなのが信じられないほど味にコクがある、と肉派の友人にも好評です。なんとも適当メニューなので、ちゃんとしたレシピがないのですが、それでも美味しく出来る不思議なレシピなので、是非一度作ってみて下さい。
「絶望パスタ」(名前も適当なので、お好きな名前を付けて下さい!)
1、ニンニク(1かけ)とタマネギ(1個)赤とうがらし(種を取ったもの1個)をみじん切りにして、熱した鍋にオリーブ・オイルやグレープシード・オイルを敷き、弱火で丁寧にゆっくり炒めます。(ポイントは、じっくり炒める事。タマネギの甘みを出すのがコツです。)
2、その間に、にんじん、長ネギ、ナス、牛蒡、レンコン、小松菜、セロリ、などの野菜、それから、えのき茸、しめじ、しいたけ、マイタケ、マシュルームなどのキノコ類。
冷蔵庫にあるもの、好きなものを集めて、すべてみじん切りにします。(この時のポイントは、なるべく種類が多い事。パスタ・ソースですが、和食に使うような野菜も気にせずに!色々なものを混ぜた方が味に深みが出て美味しくなります。ただし、かぼちゃなど煮崩れるものや、セロリなど香りに癖があるものは控えめに。逆にキノコ類が多いとコクが出て良いです。)
3、1の鍋に2の野菜類を加えて、しばらく全体がしんなりするまで中火で炒めます。
4、完熟のトマト3個をつぶしたもの、もしくはトマト缶詰1缶、オレガノ、ローレルを3の鍋に加えて弱火で、またコトコト煮込みます。(この時のポイントは、トマト缶の場合、トマトの種を取るとより美味しくなりますが、面倒ならパスしましょう。ハーブはバジルやエルブ・ドゥ・プロバンスなど、香りの好きなものに変えてもかまいません。でもどのハーブでも量はヨーロッパ式にたっぷり目に!)
5、じっくり煮込んだら、ミルク、または生クリーム、または豆乳を加え、煮立たせないように弱火で軽く煮込みます。塩、胡椒をして、味を整え出来上がり!
6、お好きなパスタにたっぷりかけて、飾りにイタリアン・パセリ、パルメザンなどをトッピングして、召し上がれ!このソースは、クスクスや玄米にも似合います。クスクスのときは、トッピングにコリアンダーや松の実をかけてみたり、玄米のときは、ゴマとアサツキなど。もちろん、ツナやベーコンなどを入れても美味しいですよ。その場合は野菜を入れる前に入れて、軽く炒めてから、野菜を入れてくださいね。では!