骸骨の台座今や巷で大ブレイク中の「スカルモチーフ」を、ここチェチェン・イツァでも発見!
“ツォンパントリ”?「頭蓋骨の城」という意味のこの台座は、なんと生け贄の骸骨を大衆にさらす為のものだったとか(怖)
ちょうどこの裏側に球技場があり、生ゴムのボールを壁の上部に取り付けてある輪にくぐらせて競うという、今で言うサッカーのような競技が行われていて、勝ったチームのキャプテンがその栄光をにない、生け贄として捧げられたそうです。
勝ったのに生け贄!?ってなんだか不思議ですが、この時代、マヤ人の球戯は娯楽ではなく、豊穣の神様に祈りを捧げる宗教儀式だったそうな。
生け贄の心臓を乗せる台座 そしてこちらは古代マヤ人の天文台“カラコル”(かたつむりの意味)です。このドームがマヤの天文観測台だったとされ、ここには天体観測用の窓があり、南には真南(子午線)に向かう窓、西には角度によって春分の秋分の日没と月没の最北線を正確に観測できるらしい。
マヤの人たちは、月、太陽、星の肉眼を観測することで、正確な暦を作りあげていたそうです。
天文観測台他にも、マヤ人の叡智を彷彿とさせる遺跡がてんこもりのチェチェン・イツァですが、古代の人達は、今とは比べものにならない程に密接に、宇宙と自然を相手に地球と共存していたんだなぁというのが理解できます。彼らにとっての「神様」は、キリストや仏陀のような「人」ではなく、“チャック”?「雨の神様」。本当の自然の神様で、「農作が上手くいくように、雨を降らせてください。。。」という、とてもベーシックな祈りを毎日捧げていたんだろうと思います。
そして、日照りが続いて農作業が上手くいかないと、「雨の神様を喜ばせよう」って事で、球戯をして、勝利者代表が自ら生け贄となって身を捧げる。。。ああ。
私には、そんな信仰心がとってもピュアなものに感じられました。「信仰心から身を犠牲にする」という考え方は、自爆テロをする人にも当てはまるかもしれないけど、憎しみや敵対心や政治や宗教が複雑に絡まっている現代と違って、もマヤの人達はもっとずっとシンプルな生き方をしていたんだろうな。
その夜、満天の星空を眺めながら、宇宙の中の小さな自分の存在を改めて意識しつつ、古代のロマンに思いを馳せたのでした。
夜のピラミッド
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