外資系化粧品会社のマーケティング部門に14年間勤務した後独立し、代官山にリラクゼーションサロン「ボディラボ・ミュウ」をオープン。カイロプラクティックを主体にした施術による“ココロとカラダのメンテナンス”が、ストレスや体調不良を抱える女性達に好評。
骸骨の台座今や巷で大ブレイク中の「スカルモチーフ」を、ここチェチェン・イツァでも発見!
“ツォンパントリ”?「頭蓋骨の城」という意味のこの台座は、なんと生け贄の骸骨を大衆にさらす為のものだったとか(怖)
ちょうどこの裏側に球技場があり、生ゴムのボールを壁の上部に取り付けてある輪にくぐらせて競うという、今で言うサッカーのような競技が行われていて、勝ったチームのキャプテンがその栄光をにない、生け贄として捧げられたそうです。
勝ったのに生け贄!?ってなんだか不思議ですが、この時代、マヤ人の球戯は娯楽ではなく、豊穣の神様に祈りを捧げる宗教儀式だったそうな。
生け贄の心臓を乗せる台座 そしてこちらは古代マヤ人の天文台“カラコル”(かたつむりの意味)です。このドームがマヤの天文観測台だったとされ、ここには天体観測用の窓があり、南には真南(子午線)に向かう窓、西には角度によって春分の秋分の日没と月没の最北線を正確に観測できるらしい。
マヤの人たちは、月、太陽、星の肉眼を観測することで、正確な暦を作りあげていたそうです。
天文観測台他にも、マヤ人の叡智を彷彿とさせる遺跡がてんこもりのチェチェン・イツァですが、古代の人達は、今とは比べものにならない程に密接に、宇宙と自然を相手に地球と共存していたんだなぁというのが理解できます。彼らにとっての「神様」は、キリストや仏陀のような「人」ではなく、“チャック”?「雨の神様」。本当の自然の神様で、「農作が上手くいくように、雨を降らせてください。。。」という、とてもベーシックな祈りを毎日捧げていたんだろうと思います。
そして、日照りが続いて農作業が上手くいかないと、「雨の神様を喜ばせよう」って事で、球戯をして、勝利者代表が自ら生け贄となって身を捧げる。。。ああ。
私には、そんな信仰心がとってもピュアなものに感じられました。「信仰心から身を犠牲にする」という考え方は、自爆テロをする人にも当てはまるかもしれないけど、憎しみや敵対心や政治や宗教が複雑に絡まっている現代と違って、もマヤの人達はもっとずっとシンプルな生き方をしていたんだろうな。
その夜、満天の星空を眺めながら、宇宙の中の小さな自分の存在を改めて意識しつつ、古代のロマンに思いを馳せたのでした。
夜のピラミッド
ゴールデンウィークに、メキシコに行ってきました。
カンクン→メキシコシティの6泊8日のスケジュールは、飛行機での移動時間を考えるともう少しゆっくり滞在したかったなぁというのが正直な所ですが、みっちり濃厚な時間を過ごしてきました!
メキシコというと、最近はセレブの避暑地という事で話題になっていますが、私の今回の目的は、ずばり「遺跡を巡る旅」。謎のヴェールに包まれた、マヤ文明の軌跡を辿ってきました。

まず訪れたのは、カンクンの「チェチェン・イツァ」。
ちょうど先週末に、NHKとTBSでも特集が組まれていたので、TVをご覧になった方も多いかもしれません。マヤ文明は紀元前2600年ごろ、中央アメリカ南部で誕生し、 それから数千年にわたってメキシコ南部から中米南部までの広大な範囲にわたって栄えていたはず。。。
なのに、ある日忽然と姿を消した「謎の古代文明」といわれています。数世紀にわたってその「謎」を解き明かそうとそさまざまな考古学者が研究を重ねているのに、未だにその真意が不明なままなのです。
そして、古代マヤ人たちが高等数学と高度な天文学の知識を持っていた事にもとても驚かされます。
例えば写真のピラミッドは、AC900以降の建造物ですが、ピラミッド自体が巨大なカレンダーとなっていて、ピラミッドの4つの側面には91段の階段があり、91×4=364、そして頂上にある神殿への1段を加えて365日を表しています。そして写真左端のククルカンの頭像(羽を持つ蛇)が、春分と秋分の日ピラミッドの段差が作る影が羽模様となって階段側壁に映し出され、まるで蛇がピラミッドを降りてくるような形に見えるという仕掛けがあるのです。
さらに。ピラミッドの下で手を叩くと、音が階段を登って頂上に到達し、7回の反響を繰り返すという仕掛けが!!
今から1500年以上も前に、これ程までに計算しつくされた建築が可能だったとは、本当に驚き!!
現代のテクノロジーにも匹敵する程の知識を持ち合わせていた、恐るべしマヤ文明。
「HEALTH」カテゴリーとはあまり関係ないのですが、しばらくはこのネタを追求していこうと思います。
