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オーストラリアでの出会いからはじまった「地球との共存」という生き方 高樹沙耶さん

マイローハス/ロハスドットネット もっと知りたい!エコカンパニー・オーストラリアでの出会いからはじまった「地球との共存」という生き方 高樹沙耶さん

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高樹沙耶さん インタビュー1
オーストラリアでの出会いからはじまった
「地球との共存」という生き方


自身のライフスタイルで地球のすばらしさを伝えている高樹沙耶さん。
その生き生きとした美しさは、やはり自然のパワーから得ているのだと感じました。

ご自宅をエコハウスにするほど環境や自然のことを考えている高樹さんですが、そのきっかけとなったのは何でしょうか。

「10年ほど前、『イルカが人を癒せるか』というテーマでオーストラリアに取材に行かせていただいて、イルカセラピーの女性や先住民のアボリジニのおじさんに出会ったことがきっかけですね。
20代前半がバブル絶頂期。芸能界にも入って、普通の女の子たちより欲しいものは手に入れられるような経験をしてきたけれど、何だか満たされなくていつもどこか乾いてるような孤立感を感じていたんです。
そんな思いを抱いていた究極のときに、特にアボリジニのおじさんと生活を共にして『地球に生きるってどういうことか』『循環する星において人間のするべきことは何か』ということを考えさせられたんです。そのときに『消費世界は間違っている』と実感して、自分がいつも満たされてなかった理由は、地球の命の輪に参加してなかったからなんだと分かったんです。それに気づいてからは、心の内側がすごく光に満ちていて、幸せを感じるようになりました。そしてそのときから消費する生き方をやめようと、ハワイに移り住むことにしました」


地球の自然と共存する生き方をはじめて約10年。今年3月に完成したエコハウスには、様々なこだわりがありました。

「場所は、私は日本人に生まれてきているし、日本を中心に仕事もしているので、東京に近い房総半島の太平洋を望むところを選びました。スタイルは、『パーマカルチャー』というオーストラリアで生まれた考え方で、自給自足と今のテクノロジーを合わせて、サステイナブル(持続可能)な生活をしようということを基本としています。
まず、材料には現地でゴミを出さないよう、家の規格通りにプレカット工場というところでカットされた国産の集成材を使っています。そして壁材には、珪藻土に似たモイスという土に還る素材を使っています。ソーラーは電気にするソーラーではなくて、風は風、太陽は太陽のエネルギーという、そのままの力を活かすというパッシブソーラーを設置。エアコンをまったく使わず、太陽エネルギーを活かした『冬は暖かく、夏はすずしい』仕掛けになっています。
あとは畑を作って、自分たちの出した生ゴミは全部コンポーストして、その畑に還すという循環しやすい間取りにしています。
今はまだ自給自足に達していませんが、万が一流通がストップしたり、石油が無くなったり、食料問題が起きたりしても、最低限自分のところでまかなえるというベースを、この1、2年で作りたいと思っているんです。大豆を作れば、味噌や醤油ができるし、海沿いだから塩も採れますし、全てが揃いますからね」


『地球と共存する』というライフスタイルを確立している高樹さんに、私たちは何からはじめればよいのか伺いました。

「まず、根本的に私たちがどんな星に住んでいるのかということに、目を向けるということが大事だと思います。買い物に行くときに、エコバッグを持つというのはとても良いことだけど、そういう目先のことだけだと続かないし、感動もないんですよ。ただのブームになってしまって、何のためにやってるのか分からないままなんです。
だから、『地球にあるのは限られた資源で、その中で私たちは生かれている。しかも水も空気も循環している、常になんでも循環している中で生きているんだ』ということを把握して、自分の中に落とし込んでいくってことがいちばん大切だと思いますね」




マイローハス/ロハスドットネット 第2弾もっと知りたいエコカンパニー


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高樹沙耶さん
1980年モデルデビュー。1983年には映画『沙耶のいる透視図』で女優デビュー。テレビや雑誌などで幅広く活躍している。
2000年、ダイビングインストラクターの資格と小型船舶一級ライセンスを取得。
2001年、活動の本拠地をハワイに移し、フリーダイビングをはじめる。
2002年ハワイで開催されたワールドカップで、53メートルの日本女子新記録を達成。現在は、日本を拠点にメディア出演、執筆活動のほか、地球のすばらしさを伝えるメッセンジャーとしての活動も精力的に行う。


1 August, 2007 |

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